扉を開けたのは4試合目の先発出場となった18歳のルーキー、嶋田慎太郎だ。小野剛監督は、嶋田をこれまで3試合のアウトサイドではなく、少し下がり目の2トップの1枚として配している。
前節の敗戦と大分の勝利によって、選手達が立てた目標であるプレーオフ進出圏の6位以内に届く可能性は既に消えていたものの、この一戦にかける気持ちはむしろ大きくなっていた。山形戦の前半で出せなかった強気のスタンスが鍵になった今節、熊本は序盤から早い出足で愛媛の組み立てを潰しにかかり、ボールを奪っては早い展開で左右へ広げてえぐる形で押し込む。そして8分、「トップにいるだけじゃなくてそこで起点を作ったりサイドに流れたり」という小野監督の期待通りの動きで、園田拓也からのふわりとした浮き球に抜け出した嶋田は、愛媛GK児玉剛の動きを冷静に見て、そして落ち着いて、左足ループでプロ初ゴールを決めてみせた。
先制した後も熊本は攻撃の手を緩めない。13分には大きな展開から右深くまで入った園田がシュートぎみに折り返し、ファーに詰めた澤田崇が狙うがポストを直撃。26分には橋本拳人から齊藤和樹、澤田と左から形を作って最後は中山雄登とチャンスを作っている。
追加点が奪えないなかでも、橋本や養父雄仁が中盤できっちりと寄せて愛媛の攻撃の芽を摘む素晴らしい守備を見せていたが、「ちょっとリスク管理を怠った」(橋本)40分、愛媛は堀米勇輝がドリブルで運び、右の河原和寿へ展開。熊本のDF陣にとっては「仕掛けるか、シュートかのイメージ」(橋本)だったが、河原は「打つよりもパスした方がゴールの可能性が高い」と判断してグラウンダーのクロスを折り返すと、ファーに入って来た西田剛が決めてスコアを1−1のタイにもどした。
これにより愛媛がややペースをにぎりかけた後半である。熊本は中山を下げて嶋田を右に開かせ、アンデルソンをトップに投入している。チームとしての機能、具体的には前半効いていた守備での連動と攻撃でのテンポの良いコンビネーションは、この交代によってやや効果が薄れていたようにも見える。そこで小野監督は68分、2枚目のカードとして嶋田にかえて藤本主税を送り出した。
18歳と交代してピッチに立った37歳のMFは、「とにかく守備を頑張ろうと。得点に絡もうとかそういうことではなくて、今自分にできることをとにかくやろうという気持ち」(藤本)を体全体で表現した。これが奏功して再びペースを取り戻した熊本は73分、齊藤からのパスを受けたアンデルソンが角度のない所から左足で決め勝ち越し。早いタイミングでマイナスの折り返しができれば中には藤本がフリーで待っていた状況だが、アンデルソンは少ない選択肢の中から、日頃のトレーニングで実践している“ニア上”を狙った強烈なシュートをチョイスしている。トレーニングの積み重ねが、この一瞬に凝縮された場面だった。
リードを奪った熊本は、足をつった高柳一誠に代わり76分に吉井孝輔がピッチへ。「2人が入ることによって雰囲気がガラッと変わった」と養父も振り返った通り、赤に染まったスタンドの熱も一気に上昇。78分にはその吉井も絡む形で右からチャンスを作る。愛媛の石丸清隆監督は81分に原川力から渡辺亮太、さらに82分に右ワイドのハン ヒフンに代えて藤直也を投入したが流れは変わらず、逆に90分、熊本にダメ押しゴールが生まれた。
左タッチライン際でボールを受けタメを作った藤本は、背中から追い越した片山奨典へ「大好きな形」ではたくと、片山が中へ折り返す。そのこぼれを拾った養父の右足ミドルを一旦は児玉が弾いたが、これをアンデルソンが左足で押し込む執念のゴール。3−1とした熊本が勝利を決定づけた。
敗れた愛媛は2試合連続の3失点だが、崩されたというよりも一瞬の隙が失点につながっている感が強く、石丸監督も「ワンプレーの大切さというのをもう少し学んでいかなければゲームはモノにできない」と試合後に語っている。また「ビルドアップの所でバタバタしてるなという印象がある」とも話した通り、熊本のプレッシャーを受けてうまく組み立てていくことができなかった。得点に結んだ堀米のドリブルや河原の判断は素晴らしかったが、前半は全体を押し上げられずにほとんどアタッキングサードに侵入できていない。ホーム最終戦となる次節の北九州戦に向け、そうしたディテールとともに、局面での判断の精度も高めていきたい。
勝った熊本は、ゲーム全体を通して見れば決して完勝と言える内容ではなかったものの、立ち上がりからのアグレッシブな姿勢や、3ゴールそれぞれの場面での判断、そしてチームの一体感など、今季取り組んできたエッセンスをしっかりと表現して、ホーム最終戦、そして引退する2人の花道を飾る勝利を手にした。また6,924人が集まったこの一戦によって今季の平均入場者数は7,002人となり、クラブが発足してからの10年でわずかずつながらも着実に、その根がしっかりと張ってきたことを感じさせた。アカデミー育ちの第1号となる嶋田のゴールで引退する2人、藤本と、そしてJFLの頃から9年間に渡ってチームを支えた吉井の地元での最終戦を飾ったことも、確かに歴史が塗り重ねられてきたことを象徴するものだ。
残り2試合、アウェイで岡山、福岡との対戦で今シーズンの日程は終わるが、1つでも上を目指す戦いは、これからもずっと、終わることなく続いていく。
以上
2014.11.10 Reported by 井芹貴志