21分、左サイドのかなり角度のある位置から、石神直哉の山なりのクロスが送られた。ゴール前には佐藤洸一。「結構ボールサイドにいたので、早くゴール前に入っていこうと思って動き直したら、自分が走ったところにボールが来た。ちょっと難しい体勢だったので、とりあえず枠に飛ばそうと思ったら、うまいこと風で戻ってうまくキーパーの上を越えてくれました」。ミートしたポイントはペナルティーエリア上辺から2〜3メートルのあたり。ゴールまでは逆風で距離もあり、クロス自体も風に戻されて勢いが殺されていたで、対応した石井秀典は「『入らないかな』という気持ちもあった」と当時の肌感覚を明かしている。しかし、これを決められてしまえば「体をぶつけてヘディングを飛ばさせないようにしないといけない」(石井)という反省になる。遡れば、中盤の井上裕大がくさびを当てて前方へ潜り込み、下りてくさびを受けた奥埜博亮がフリーの石神へ的確にさばいた一連の動きもあった。さらに遡れば、立ち上がりから長崎がペースを握った試合展開もある。
「失点するまで、チームとしてバラバラやって、前の3人が裏狙っている中で、後ろは蹴らんとずっとつなごうとして変にギャップができてました」と川西翔太。「若干相手のプレスが緩いというのもあって、つなげるんじゃないかなというふうな思いがあったから、前へ出る意識がちょっと遅くなったのかなあと思ってます」と石井。風上のエンドからスタートしたことも文字通りの追い風にして、山形は長いボールも含め相手の裏を狙う意図を持って試合に入った山形だったが、ボールへプレッシャーをかけること以上にウィングバック含め背後をケアする長崎の対応に対し、その共通意識に溝が生まれ、山形の縦方向へのボールが長崎のセンターバック陣に跳ね返さるたびにその溝は広がっていった。石崎信弘監督は「前の選手、ディエゴ、川西、山崎というところと、中盤から後ろの選手の2つに分かれたチームになってしまった」と表現した。
「一発で裏を狙うのはいいんですけれども、前のバランスとして相手のチームに対してギャップをつくっていかなければいけない」と感じていた石崎監督は失点後、川西に対し下がってボールを受けるように指示。時にディフェンスラインまで下りてさばくプレーは「ちょっと下がり過ぎたと思うんですけれども」(石崎監督)との評価だが、中央で起点ができ、高いポジションを維持しながら生かしきれていなかったウイングバックへもボールが供給できるようになるなど、悪い流れは確実に止まった。一方、得点の直前から山形の宮阪政樹、松岡亮輔の2枚のボランチのポジション修正を察知していた長崎・高木琢也監督は、「松岡選手、または宮阪選手に対してのアプローチが緩くなってしまった分、たとえば、川西選手が下がってボールを受ける、またはディエゴに縦にボールが入るというシーンをつくらせてしまった」と述懐。17分に川西からディエゴへループ気味のパスが送られたシーンや、山崎雅人からの長いスルーパスがディエゴに届きかけた38分のプレーは、山形に同点ゴールが生まれてもおかしくない際どいシーンだった。ただし、長崎のオーガナイズされた粘り強い守備も容易に破られず、アディショナルタイムに与えたペナルティーエリア内からの間接フリーキックの場面でも、ディエゴのシュートをGK植草裕樹がストップ。長崎がリードを守って折り返した。
ボール保持率こそ落ち着いたものの、敵陣に切り込めずにいた後半の山形に得点が生まれたのは57分。起点となったのは自陣やや深い位置から相手ラインの背後を狙った石川竜也のロングフィードだった。左サイドでキム ボムヨンが狙ったボールは古部健太にクリアされたが、セカンドボールを宮阪がフリーでキャッチ。間で川西が受け取り、再び外へ送られたボールをキムがクロスに換えた。ゴール前には3人が詰めていたが、ニアに入ったのは、宮阪、川西へとボールが送られる間にフリーでランニングしていた石川。しっかりと潰れ役を果たしたあと、ファーサイドでディエゴの同点ゴールが生まれた。
長崎は、この失点前から準備していた東から黒木聖仁へ交代。さらに、その7分後には佐藤洸をイ ヨンジェに代えている。「引いた状態の中で…厳密には引かされてる状況の中で、ボールを後ろから1本、2本つなげないのであれば、もうカウンターで長いボールを使って取るしかないと僕が判断して」と高木監督。70分には奥埜のフリックからイ ヨンジェが飛び出し、75分にはバイタルでさばいた黒木から右サイドでフリーになった前田悠佑がクロスを上げ、ファーサイドで石神が、こぼれ球に奥埜が飛び込んだ決定機をつくり出した。
プレーオフ進出への条件を考えれば、互いに勝点1では満足できない状況のなか、共に自陣で危ない場面をつくられながら、決勝点というリターンを得るためリスクの高い展開へと舵は切られていった。その意識の隙を突く形で待望の2点目を奪ったのは87分、山形だった。右のスローインで背後を取ったのは途中出場の中島裕希。ゴール前をしっかり見ながら送られたボールをやはりフリーの川西がワントラップで浮かせ、落ちてきたボールをボレーで逆サイドへ流し込んだ。直前にも危うく失点かといったカウンターを受けスローインに逃れていた長崎は、攻撃への意識の強さで相手マークへの意識が希薄となり、6試合ぶりの複数失点、6試合ぶりの敗戦でプレーオフ圏内から大きく後退した。
前節・岐阜戦では立ち上がりからペースをつかみながら得点を決められず、流れが変わった後半に失点を喫し、0-1で敗れた山形。個の能力の足し算では上位のクラブと目されながら、今季ここまで連勝がないことと併せ、苦しい試合を勝ちきる勝負強さが課題となっていた。前半の噛み合わせの悪さを修正し逆転で勝利したこの試合をもって、「勝負強さが身についた」と評価するのは早計に過ぎる。ただ、今後どんなに苦しい展開に遭っても自分たちの勝利を信じる芯の部分が形成されたという意味で、この成功体験はけっして小さいものではない。クラブ史上初のベスト4を目指す天皇杯、そして勝点2差に迫った次節・岡山戦へ、タフさが求められる挑戦は続いていく。
以上
2014.10.12 Reported by 佐藤円