ベスト4への扉は、激闘の末に清水の側に開かれた。準々決勝4カードのうち、いち早く開催された名古屋と清水の一戦は、120分間+PK戦でようやく決着。まるで番狂わせの天皇杯がまだまだ山あり谷ありであることを予見させるような、怒涛の展開だった。
一言でいえばオープン、つまりノーガードの打ち合いが大勢を占めた。その理由は互いのスタイルを左右するキーマンの不在にある。名古屋は川又堅碁と田口泰士、清水はノヴァコビッチである。前者は大車輪の活躍を見せる大型ストライカーとプレーメーカー、後者はサイドアタックのフィニッシャーを担う長身FWだ。それぞれに理由で彼らがいなかったことで、両チームは普段の戦い方とやや違うスタイルでの戦いを強いられていた。
名古屋の大きな問題点は、田口の不在だった。DFラインからボールを引き出し、前線のチャンスメーカーたちへの橋渡しを担当していた男がいなかったことで、名古屋の攻撃は明らかに単調化していた。時に田中マルクス闘莉王が中盤の底まで上がりその役目を補うことで、何とかレアンドロドミンゲスまでつながればチャンスの芽は生まれた。最前線を務めた松田力は川又ほどの空中戦の迫力はないものの、抜群の身体能力と機動力を活かして1トップを無難にこなし、存在価値をアピール。しかし中村直志とダニルソンのボランチコンビでは田口の役目を補えず、どうしてもレアンドロや矢田旭、闘莉王がその役目を負わなければならなかったことで、攻撃のスムーズさをやや欠いた。
その点、清水の補填策は成功したと言えるだろう。布陣は1トップに大前元紀、両ウイングに俊幸と善朗の高木兄弟、インサイドハーフに石毛秀樹と六平光成を置く4−3−3。「平均身長で4cm違う。今日のキーワードは『機動力』」とは大榎克己監督の言葉だ。上背はないがスピードとテクニック、運動量に優れる5人は指揮官の狙いを体現し、さらには激しい前線からのプレッシングでプレーメーカー不在の名古屋の後衛を混乱に陥れた。しばしば単純なミスを連発し、前半などはシュート2本に終わったが、ゲーム自体は彼らの活躍でほぼ主導権を握っていた。
勝負は後半から動いたが、名古屋にとって大きな痛手となったのが前半37分のアクシデントだ。この日も決定機を生む貴重な存在として影響力を発揮していたレアンドロが、パスを受け走り出した途端に足を引きずり倒れ込んだ。駆け寄った闘莉王がすかさず「×」サインをベンチに送る。見た目からすれば明らかに肉離れを引き起こしたことは間違いなかった。症状の重さはクラブの発表待ちだが、肉離れならば少なくとも数週間の離脱は必至。このゲームどころか7試合を残すリーグ戦にも暗い影を落とす不運な出来事だ。西野朗監督は代役に小川佳純を送り、彼をサイドハーフ、矢田旭をトップ下にスライドせざるを得なかった。
そして迎えた後半、試合は怒涛の打ち合いへと発展する。まずキックオフ直後から47分、51分と立て続けに清水が決定機を迎え、57分には六平のスルーパスからうまくターンした石毛がDFを出し抜きシュートを放つも楢崎正剛のファインセーブに遭う。完全にリズムを崩した名古屋は防戦一方となり、65分についにDFラインが決壊。左サイドで高木俊が抜け出し、マイナスのグラウンダークロスを送ると、フリーの高木善が冷静に流し込んで先制点を奪った。名古屋のDFは3枚が中央にいたが、大前のフリーランに引きずられ、スペースを空けてしまった。ここで特筆すべきは清水の次を狙う意識である。「相手の流れの悪さを察知できていて、それにみんなが反応した」(高木俊)。その直後には右サイドから河井陽介、六平とつなぎ、六平のスルーパスを今度は高木俊が流し込み、あっという間に追加点を挙げる。後半開始から30分ほどの名古屋は、右往左往するばかりだった。
だが、永井謙佑の言葉通り名古屋は「意地を見せた」。72分に左サイドバックの本多勇喜がスルスルと駆け上がり、粘って上げたクロスを小川が合わせて1点を返すと、西野監督は闘莉王をDFラインから前にポジションを取らせる。DFラインには中村が入り、闘莉王はボランチからトップ下あたりでゲームメイクを担当。これでさらに主導権を握り返すと、82分には牟田雄祐のクリアボールがDFラインの間に抜け、これを永井が持ち出し左足で流し込んで2点目。2分間で2失点を喫した名古屋だったが、負けじと10分間で2点を取り戻し、土壇場で試合を振り出しに戻してみせた。
試合はそのまま延長戦に突入。名古屋は前半頭からダニルソンに代えて磯村亮太を入れ、左サイドバックへ。闘莉王をそのまま中盤に留まらせチャンスを狙ったが、前半終了間際の小川の決定機は惜しくもGK櫛引政敏に弾かれた。清水も延長後半から瞬足の村田和哉を満を持して投入したが、「スペースを狙ってきていたからカバーをしなければと話していた」と言う本多の対応に遭い、これといったチャンスは作れず。名古屋も秘密兵器ともいうべき17歳の杉森考起を投入したが、さしたる結果は得られなかった。
PK戦には両指揮官の信頼と、個々の実績が現れた。名古屋は闘莉王から始まり磯村、中村と成功。磯村は2010年にその年唯一の試合出場だった天皇杯で勝負を決める5本目のキッカーを務めるなど、PKに関しては自信を持っている選手だ。清水も大前、高木俊、本田とチームの根幹をなす選手たちが続けて成功。勝負を分けたのが4本目だった。名古屋は矢田、清水は六平である。ともに若く、しかし指揮官の信頼を受けて試合に出場している選手である。結果からすれば六平は落ち着いて決め、矢田は大きく枠を外した。そして清水の5人目、平岡康裕がGK楢崎の逆をついた瞬間、激闘に終止符が打たれた。
名古屋の西野監督の口癖は「タフなゲーム」だが、まさしくそのような試合だった。苦肉の策として闘莉王を中盤に上げたことで2点差を追いついたが、中村を不慣れなDFラインでプレーさせたことでピンチもいくつか生まれた。そこを何とかしのぎ、PK戦まで持ち込んだ展開はむしろ好意的に受け取るべきだろう。2点目の後に試合を決めるチャンスもあったことを考えれば、無念は募るわけだが。いずれにしても名古屋は天皇杯から脱落し、残るリーグ戦に切り替える必要がある。レアンドロの状態も気がかりだが、こういう時こそ「切り替えもそうですが、今日2失点している事実を反省する」と言った矢野貴章のような冷静な視点が必要だ。
勝った清水には素直に称賛を贈りたい。前線5人で形成した“前線のDFライン”とも言うべき強烈なプレッシング網は、ノヴァコビッチがいても十分に有用なものだと感じた。大榎克己監督も「試合の対戦相手、戦況を見ながらオプションとしてはこういう形もあるかな」と満足げな表情を浮かべている。いまだリーグ戦では降格圏にあるが、チームは明らかに上向いている。「Jリーグも大事な時期ですけど、獲れるタイトルは天皇杯しかないので、貪欲に狙っていきたい」と大前が言えば、「公式戦で連勝できたというのは大きな力になった」と高木俊が続く。この勝利は清水にとっては単なるトーナメント準決勝進出ではなく、苦境を抜け出すための価値ある前進だった。
以上
2014.10.12 Reported by 今井雄一朗