去る6月15、16日の両日「アクサ ブレイブカップ 第12回アクサブラインドサッカー日本選手権B1大会」が、東京・味の素スタジアムで行われ、福岡からはラッキーストライカーズ福岡が参加した。
既にご存じの方も多いと思うが、ブラインドサッカーとは視覚障がい者によるサッカーのこと。B1大会とは「全盲またはほぼ全盲」の選手たちによってプレーされるカテゴリーを指し、選手の条件を同じにするために、全員がアイパッチで目を完全に覆い、その上からアイマスクを装着してプレーする。GKは晴眼者が務め、選手たちは監督、GK、コーラー(攻撃側の選手にゴールまでの距離や角度を伝える)の声と、鈴が入ったボールの転がる音を頼りにゴールを目指す。
フィールドの両サイドにはフェンスが設けられており、広さも、GK含めて1チームが5人で編成されているのもフットサルと同じだ。また視覚障がい者であることを意識して作られているルールは、ディフェンスの際にボールを奪いに行く時に「ボイ(スペイン語で行くぞの意)」という声を掛けなければいけないことだけ。その他のルールは晴眼者のサッカーとほぼ同じで、体をぶつけてボールを奪い合う激しさはサッカーと全く変わらない。それどころか、フェンス際での球の奪い合いはアイスホッケーを思わせるほど激しいもの。大人が2人がかりで設置するフェンスは、選手がぶつかりあうたびに大きく動く。
ところで、九州を代表して参加したラッキーストライカーズ福岡は、九州で唯一のブラインドサッカーチーム。そして、このチームの成り立ちにアビスパ福岡と、そのサポーターが大きく関わっている。
チームが発足したのは2004年12月。それまで九州ではブラインドサッカーはプレーされておらず、選手は全員が未経験者。もちろん指導者もいなければ、どうやって練習をするのかわからない状態だった。そんなチームの指導を引き受けたのがアビスパ福岡。篠田善之(現F東京コーチ)、下田功(現アビスパ福岡代表取締役専務)、塚本秀樹(同アカデミーGKコーチ)、彌冨圭一郎(同ホームタウン推進部コーチ)らが歴代監督を務め、現在はアビスパ福岡の独身寮に併設された人工芝グラウンドを中心にトレーニングを行っている。また、ブラインドサッカーの指導に携わるホームタウン推進部の藤井潤コーチは、現在、ブラインドサッカー日本代表のコーチとして、コーラーを務めている。
そして昨年から、アビスパ福岡のサポーターで編成されたFC修斗が練習相手として、ともにトレーニングで汗を流すようになった。FC修斗とは、アビスパサポーターが集まれる場所、そしてブラインドサッカーの選手が晴眼者と気楽に交流できる場所を作りたいというオーナーの想いで開店した「焼酎BAR修斗」に夜な夜な集まってくる仲間で作ったチーム。九州にはラッキーストライカーズ福岡以外にブラインドサッカーのチームが存在せず、練習試合ができないと聞いて練習相手を買って出た。視覚障がい者たちの「サッカーをしてみたい」という想いで立ち上がったチームは、今では福岡と福岡にあるチームを愛する仲間たちのチームになった。
さて、地元・福岡で開催された第10回大会で、あと一歩のところで優勝を逃した(結果は準優勝)ラッキーストライカーズ福岡の目標は、日本の頂点に立つこと。福岡から駆けつけたサポーターと、関東在住のアビスパサポーターに応援されて戦うラッキーストライカーズ福岡は、グループリーグを全勝の1位で勝ち上がると、準々決勝では buen cambio yokohama に1−0で勝利して準決勝に進出。順調に日本一に向けて足を進めていたと思われたが、準決勝では松戸・乃木坂ユナイテッドに0−1で敗戦。残念ながら、念願の初優勝には手が届かなかった。しかし、ブラインドサッカーはこれで終わったわけではない。監督、コーチ、選手、FC修斗、そしてサポーターとともに、ラッキーストライカーズ福岡は、日本一の座を目指して新たな歩みを始める。
以上
2013.06.25 Reported by 中倉一志
J’s GOALニュース
一覧へ【J2日記】福岡:もうひとつの福岡代表(13.06.25)
2004年2月に、チーム設立に先立って行われたブラインドサッカーチャリティイベント。アビスパ福岡からも選手が参加し、イベントを盛り上げた。懐かしい顔が並んでいる
チャリティイベントでは、日本代表選手によるデモンストレーションも行われた
福岡で配信されているスポーツ情報番組「INSIDE FUKUOKA」(USTREAM配信)で、日本選手権に向けての意気込みを語る彌冨圭一郎監督(左・アビスパ福岡ホームタウン推進部コーチ)と、米田昭仁主将(中央)
FC修斗の仲間と一緒に、練習を終えて記念撮影
日本選手権には、かつてラッキーストライカーズ福岡の監督を務めた篠田善之氏(現F東京コーチ)も応援に駆け付けた