損得で言えば、21,757人が得をしたことになる。雨の中、観戦した人は早く次の試合が見たくてウズウズしているはずだ。試合後、2人の監督は同じような言葉を使っている。ストイコビッチ監督が「観ている人にとってはとてもエキサイティングで、面白いゲームだった」と語り、ポポヴィッチ監督は「今日に関してはFC東京も、名古屋も賞賛を受けるに値する試合をした」と会見を締めた。仕事は放棄できないけど、まず観てもらいたいゲームだった。スタジアムの空気や、熱量を届けられる自信がない。それほどあの空間は、どこか懐かしくて心地よかった。
スコアは3−2。F東京が名古屋に1点差で勝利した。互いに点を取り合ったことで試合を面白くした。36分に、名古屋がFW玉田圭司のゴールで先制する。しかし、59分、F東京MF石川直宏が同点ゴールを奪い、67分にはMF長谷川アーリアジャスールが逆転ゴールを突き刺す。73分に再び石川が得点を決めて引き離す。名古屋も最後まで追い上げて87分、永井謙佑がネットを揺らして1点差に迫った。どこを切り取っても充満した熱気が吹き出てくる試合だった。
まず名古屋が素晴らしかった。「名古屋には下がってブロックを作るイメージを持っていた。だから、前半はリズムを掴めなかった。相手のメンバーも変わっていたし、意外と前からきた印象は確かに持ちました」と、F東京DF徳永悠平。ディレイしてしっかりとした守備をベースに、ダイレクトプレーでゴールに迫る戦いを彼らは選択しなかった。開始からプレスを仕掛け、最終ラインはプッシュアップして前への推進力を後押しする。FWにケネディがいる以上、ダイレクトプレーの数は多かったが、それでもそれに固執するようなことはなかった。すべて放り込むわけではなく、繋ぐところとの使い分けもされていてチームを押し上げるためにロングボールも使ったという印象が正しい。実際に、前半はF東京のシュートをわずか1本に抑え、名古屋が圧倒した。
ポポヴィッチ監督もそれを認める。「前半を3分割して分けると、前半の頭の部分と、お尻の部分は何もできなかった。ただ、中の部分に関してはうちがボールを保持して動かせた時間もありました」。本来ならば、相手のプレスをいなすパス回しを試合開始からしなければいけなかった。さらに最悪だったのは、ようやくリズムよく繋ぎ始めた矢先の36分に失点してしまったことだろう。中盤でボールを奪われると、玉田がケネディのパスに抜け出し、GK権田修一の飛び出した脇を抜けるシュートでネットを揺らした。F東京のハーフタイムのロッカールームが、どうだったかは容易に想像ができる試合内容だった。
0−1で試合を折り返すと、前半がうそのようにF東京が息を吹き返す。「初ゴールはやっぱり次の味スタかな」と話していた石川が決め、アーリアが「気持ち良かった」と振り返る逆転ゴールで続く。さらに石川が「今年の形」という背後への抜け出しで3点目を突き刺した。
反撃に出た名古屋も、ゴール前のこぼれ球を永井が押し込んで1点差まで詰め寄った。名古屋も折れることなく攻め続け、試合は笛が鳴るまで結末を分からなくさせた。結果は3−2だったが、「今度は我々が3点目を奪う」とストイコビッチ監督。双方が流れを上手く掴んで自分たちの時間を有意義に使った。相手の時間を耐えた分、この日はF東京がわずかに勝った。
指揮官を穏やかにさせない前半と、見違えた後半。ポポヴィッチ監督や選手には申し訳ないが、やっぱり駄目なところもひっくるめて東京らしかったりする。ちょっとぐらい出来が悪いほうがきっと後押しする人ももっと増えるんじゃないかとさえ思う。でも、それに応えて逆転に繋げた選手のたくましさには頭が下がる。ホームグラウンドである味スタには、いつも大好きなサッカーが待っている。カーサなんて言葉がお似合いの場所になってきた。ポポヴィッチ監督がよく使い、最近は選手たちのコメントにもこの文言が増えてきた。「チームは家族。ファミリーで戦う」。味スタは、誰かを招き入れたい居心地の良さがある。
この日の朝にメンバー入りを告げられた米本拓司と、平山相太が長期離脱から復活のピッチに足を踏み入れた。328日ぶりの復帰を果たした米本は試合後、思いの丈の一部を語った。彼の身の回りで起こったこの2年のことを短い文章では書ききれない。試合後の涙と、笑顔。「今、ここがスタートライン」という言葉。ゴールを決めた石川やアーリアがベンチの彼らに駆け寄り、前を向く米本と、平山にはゴール裏からそれぞれに「お帰り」も含めて名前を呼ぶコールが送られた。純粋に「ああいいな」と思わせてくれるその光景は、住人たちが作ってきた味スタのあるべき姿を見た気がした。
以上
2012.03.18 Reported by 馬場康平