愛媛の立ち上がりは申し分なかった。開始5分、愛媛の左コーナーキックからの2次攻撃を跳ね返した大宮だが、ボールを戻した割には最終ラインを押し上げきれない。愛媛は大きく右サイドにボールを振り、ハン ヒフンの落としに走り込んだ河原和寿がゴールネットに突き刺す。願ってもない先制弾。しかしその時間があまりに早かったことが、逆に愛媛の戦い方を難しくした。
敗軍の将となった愛媛・石丸清隆監督が「指示していない。理解し難い」と、憮然とした表情で振り返ったように、愛媛は前半まだ10分にもならない段階で、引いた守備を選択した。「裏のスペースが怖くて、どうしても(引いてしまった)」と、西岡大輝はいう。ただ、そのためにウイングバックが下がりっぱなしとなり、「リーグでは前から行けていた守備が」(堀米勇輝)できなくなった。そうなると大宮が主導権を握るのも当然で、前半半ば過ぎからは大宮が一方的に押し込む展開となった。
しかし大宮も、押し込んでいる割にはゴールが遠い。アタッキングサードまではボールを運ぶものの、ブロックの外を行ったり来たりし、最後は比較的フリーになることの多かった高瀬優孝からクロスが入るが、愛媛の守備陣が崩れなく待ち構えている状況では、なかなかチャンスになるのは難しい。前半の大宮のシュートは7本、決定機は2回。いずれも運は愛媛にあった。
この展開は、愛媛にとってそれほど悪くなかったはずだ。去る5月24日、ニンスタ。今年J2で唯一湘南に土を付けた試合は、前半7分に河原が挙げた1点を守りきってのものだった。シュート23本の怒濤の攻撃を、引いて守って耐えた、その再現もあり得た。西岡は「僕たちがピッチの中で考えながら、しゃべりながらやったこと」だといい、堀米も「大宮は力があって、良い選手もいるし、割り切ってカウンターと思ってやっていた」という。しかし指揮官は、アグレッシブに守備をし、ボールをつないで攻める、「自分たちのサッカー」へと修正を命じた。
「サイドのスライド、ファーストディフェンダーのところ、ラインコントロールをもう一度しっかりするようハーフタイムに修正した」(石丸監督)ことで、後半の愛媛は再び攻守にアグレッシブな姿勢を取り戻した。サイドのスライドを早くしてボールを奪い、前線にクサビのボールを送り込む。堀米の言う通り、大宮のボランチと最終ラインの間には「スペースがあり、(プレスが)緩かったし、シャドーや(リカルド)ロボが空いていた」。ただ、そこにボールは入るのだが、ラストパスやフィニッシュなど「その後の質が足りなかった」(石丸監督)。J1とJ2の差があったとすれば、ここだっただろう。
逆に大宮は、愛媛が攻勢に出てきたことで、ボールを保持する時間、シュート数は減ったものの、むしろチャンスの質は上がった。63分の同点ゴールは、愛媛が前に人数をかけた状態で、ボランチのバックパスを和田拓也が奪い、スルーパスに抜け出した富山貴光が倒されPKを得たもの。逆転ゴールはその5分後、大宮陣内深くに攻め込んだ愛媛を戻りながら守備させ、「相手が戻るときはボランチとDFラインの間が空くというスカウティング通り」(今井智基)のクロスから、橋本晃司が蹴り込んだ。後半の大宮のシュートは4本、愛媛は3本。確かに後半の形勢は互角だったが、皮肉にも愛媛が互角の戦いに持ち込んだことで最後はクオリティの差がモノをいう形となり、大宮が準々決勝に駒を進めた。
石丸監督の采配の是非を問うつもりはない。前半の調子で守りきれる保証はなく、あくまで結果論に過ぎない。ここで言いたいのは、石丸監督は大宮を、先の湘南戦でのように、あるいはジャイアントキリングを演じた天皇杯川崎F戦でのように、引いて守るしかない相手とは思わなかったということ。J2で18位のチームから、アグレッシブに真っ向勝負できる相手と認識されたということだ。
渋谷洋樹新監督の初陣は、実際のところまだその完成度だったと、大宮は謙虚に受け止めなければならない。勝ち試合にケチなどつけたくはないし、まして初陣の勝利であれば手放しで喜びたいのは山々だが、3日後にはリーグ鹿島戦が迫っているし、天皇杯で勝ち進んだところでリーグ戦の勝点が増えるわけでもない以上、喜びよりも不安のほうが先立ってしまう。何より、最大の懸案の守備組織に大きな改善は見られなかった。新たなコンセプト「ボール中心の守備」は、全員が高い集中を保てているときは良かったが、だれかがサボったりミスやアクシデントで少し泡を食うと、たちまち人に付くのかスペースを見るのかが曖昧になった。ボールホルダーへのプレッシャーの弱さも顔を出し、思わず「それが通るの?」と口に出してしまうようなパスが通り、愛媛にバイタルエリアを自由に使われる場面もあった。あくまで愛媛の、最後の局面でのクオリティに助けられたものの、正直、これがJ1の上位や中位のチームであれば、とても1失点では済まなかっただろう。あっけなく先制点を許したところといい、「J1との戦いだと(得点を)返せなかったり、追加点を取られたりすることにもなる」と、渋谷監督も表情を曇らせる。
とはいえズラタン、ムルジャの2トップに加え、最終ラインの菊地光将、高橋祥平ら多くの主力が不在だったのも確かで、穿った見方をすれば、選手によっては新しい守備コンセプトを全うできるかどうかテストされていたのかもしれない。富山、橋本、今井ら、前監督の元でコンバートされていた選手たちが、本来のポジションで起用され、そろって得点に絡んだことも明るい材料だ。いずれにしても、この天皇杯愛媛戦とリーグ鹿島戦はワンセットとして位置付けられるもので、渋谷新体制の最初の評価も、それまで待つ必要があるだろう。
以上
2014.09.11 Reported by 芥川和久
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