個人能力の差は、組織と戦略で埋まる。瑞穂のピッチ上には、弱者の兵法が確かに存在した。J2で下位に沈みながらも3回戦で群馬が起こしたジャイアントキリングは、決して偶然ではなかったことがよくわかる。試合は名古屋が勝利したが、内容としては「我々が主導権を取れているように見える試合だったが、逆にこれは群馬のペースであり、群馬のゲームだった。試合に勝ったのは我々だが、戦略的に成功したのは群馬」(名古屋・西野朗監督)である。群馬の秋葉忠宏監督の知略とトレーニングメソッドの確かさ、そして群馬の選手たちの遂行能力の前に、名古屋の選手・指揮官は最後まで攻めあぐねた。
群馬の仕掛けはキックオフ前から始まっていた。リーグ戦とは大幅にメンバーを入れ替えた群馬は、3回戦勝利の立役者である青木孝太やダニエル ロビーニョらがベンチからも外れるなど、名古屋の指揮官に「試合前に微修正をして」臨ませることに成功。その上で3−4−3のフォーメーションは守備時には5−4−1の形を取り、ゴール前を5人のDFが固め、その前に4人のMFが二重の城壁を築くように陣取った。常に9人でバイタルエリアから後ろを埋めるような守備ブロックを敷かれては、然しもの名古屋も打開策をなかなか見出せない。この日のFWは永井謙佑と玉田圭司のツートップで、中央に高さがない分サイド攻撃の選択肢は限られてもいた。「クロスは点で合わせるしかない」とは、永井と矢田旭の言だ。そのため、前半の名古屋はボールを持たされてのポゼッションから中央の崩しを試みては跳ね返される展開が続き、時間が過ぎていくごとに停滞していった。田中マルクス闘莉王などは「サイドを崩していないから中央が開かない」と攻撃陣に苦言を呈したが、速いクロスを多用したところでゴール前に飛び込むスペースはほとんど埋められてしまっていたのもまた事実だ。25分ほどで西野監督は玉田を1トップに、トップ下にレアンドロ ドミンゲス、永井と矢田の両サイドハーフと配置換えして状況の打開を図ったが、効果は現れず。0−0の時間を引き伸ばし、終盤から延長戦で勝負をかける心積もりだった群馬が、まずはプランの半分をほぼ完璧に実行した。
後半はさながら両指揮官の腕比べとなった。まず仕掛けたのは秋葉監督だ。「最初の10分間は4−4−2にしてギアチェンジで1点を取りに行った」と、奇襲で名古屋を揺さぶりにかかる。しかし群馬がここで決定機を作れなかったこと、前半よりも攻撃に出てくるようになったことで、名古屋に逆襲の流れが生まれた。開始10分で5本のシュートを放ち、50分には田口泰士がインターセプトから決定機。57分、58分にもそれぞれレアンドロ、玉田が決定的なシュートを放つなどペースを取り戻した。それを受けた秋葉監督はフォーメーションを3−4−3に戻しつつも、決勝点を狙いに行くという合図だったエース平繁龍一投入を、68分に決断し勝負に出る。
だが、より勝利に直結する采配をふるったのは、西野監督の方だった。平繁の投入に先んじること4分、プレーにキレを欠いた玉田と矢田に代え、小川佳純と佐藤和樹をピッチに送り込む。同時に闘莉王を前線に上げ、ダニルソンを中央に据える3−5−2へフォーメーションを変更し、力技での状況打破を狙った。これが効果てきめんだった。前半同様に守備を固める群馬に対し、前半にはなかった高さがゴール前に加わったことでクロスの威力が飛躍的に向上。アーリークロスも含めてサイドからの浮き球を闘莉王は次々とゴール前に折り返し、また競り勝ってのヘディングシュートでゴールを脅かした。74分にも闘莉王の高さを活かした攻撃から一度は永井がゴールネットを揺らすもこれはハンドの判定。しかし「後半は失点するちょっと前から少しずつボールにプレッシャーに行けないところが出てきたり、後手を踏む場面が増えてきた」(小林竜樹)と、明らかに群馬のプランを名古屋のパワープレーが上回り始めていた。
そして75分、決勝点は狙い通りの闘莉王のパワープレーから生まれた。右サイドからの大きなクロスの競り合いで、群馬DFが痛恨のカブリ。闘莉王は常日頃「大好物」と言う胸トラップでの持ち出しに成功し、「自分でもシュートに行けたけどコースが切られてた。確率を考えてパスを出した」と中央にラストパスを送る。これを走り込んだレアンドロが落ち着いて流し込み、待望の先制点。群馬の宮崎泰右は試合後に「決定力や勝負どころでのJ1とJ2のクオリティの差が出た」と話したが、まさに失点の5分前には平繁が決定機を迎えていた。ここで群馬が先制していれば、また流れは違ったものになっていただろう。J1とJ2の実力差は様々な努力によって埋められていたが、試合を決める要素とは詰まるところ得点である。ゴールを決めるという最も質が求められるプレーにおいて、カテゴリーによる差が歴然と表れた。
1−0となって以降は今度は名古屋が5バック気味に守備を固め、群馬の追撃をシャットアウト。追加点のチャンスをうかがいつつ、そのまま試合を終わらせた。貴重な1点を必死で守り切ったという流れではなかったが、それまでの試合展開とパワープレーによる得点だったことを思えば、“虎の子の1点を守った”と言ってもいい、ラスト15分間だった。
それにしても群馬の戦術的な柔軟性には驚かされた。明確なゲームプランに基づいた試合中のフォーメーション変更において、その組織が乱れた記憶はほとんどない。3−4−3から4−4−2、そして3−4−3に戻して最終的には3−5−2にまで発展した。リーグ戦の主力が出ていないことを考えれば、その練度たるや素晴らしい。旧知の仲である西野監督は「彼は野望みたいなものを持っている。色々なところで様々なことを吸収しながら、成長していきたいという野心みたいなものをとても感じます。熱心な奴だなと思っていますよ」と秋葉監督を評したが、本人も「西野さんにはまた会う機会があると思いますので、ウチのチームの感想だとか、どういう印象だったのかなどを聞いて、また勉強したいなと思います」と語っている。J2リーグ戦では19位といまだ予断を許さない状況ではあるが、格上を相手に状況判断を磨いた選手たちからは、より良い戦いを見せてくれる期待しか沸いてこない。
そして辛勝で2年ぶりの4回戦突破を果たした名古屋は、今季唯一残されたタイトルのチャンスに邁進する。リーグ戦での苦戦はいまだ続くが、タイトル獲得へのモチベーションは良い方向に働くに違いない。ベスト8にはJ2の3チームが勝ち残っており、J1リーグ戦で上位につけるのはG大阪ぐらい。残るJ1の4チームが全て下位という現状では、名古屋も十分に優勝候補の一角と言える。永井は「まだ実感はないですね」と語ったが、経験者は違う。2009年の決勝を経験している小川に「優勝、狙えるね」と水を向けると「そうですね、頑張ります!」と力強く応えてくれた。悩める現在のチームに最も必要な薬は勝利だ。その最上級である優勝をこの若いチームが勝ち取れば、大きな成長の糧にもなる。捕らぬ狸の皮算用ではいけないが、前へ進むための燃料はいくらでも欲しいところ。名古屋はここから、鮮やかな上昇曲線を描いていく“プラン”を描いている。
以上
2014.09.11 Reported by 今井雄一朗
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