勝利を呼び込んだのは長い長いドリブルだった。120分のゲームを挟んだ厳しい3連戦の最終日。蒸し暑さと疲れが重なって動きの重さが感じられる立ち上がりとなったが、ゲームは前半終了間際からにわかに動き始め、最終的には北九州が逆転勝ち。試合終了間際の星原の70メートル近いドリブルが奏功した。J2では対長崎戦初勝利。下部リーグも含めれば2009年9月27日のJFL後期第10節、アウェイでの対戦以来5年ぶりの白星となった。
立ち上がりから優位にゲームを進めていたのは長崎。それは前半の北九州のシュート本数が2本、長崎が8本という差からも見て取れる。しかし北九州のブロックを崩しきったわけではなく、枠を捉えないミドルシュートが散発。「最後のアタッキングサードの中のもっと少しボックスに近いエリアでの仕事、判断、または精度も含めてですが、そこが北九州さんとは違ってしまった」と高木琢也監督(長崎)は話したが、長崎の攻撃はその言葉の通りちぐはぐな部分があった。
互いにゴールの遠い重苦しい展開の中で最初に見せ場を作ったのは北九州。24分、カウンターから小手川宏基と星原健太がテンポ良く繋いで攻め上がるとクロスに池元友樹がオーバーヘッド。シュートはわずかに左に逸れたがスタンドが一気に沸き上がった瞬間だった。しかしゲーム自体に大きな変化が付いたわけではなく、リトリートする北九州とミドルシュートが続く長崎という展開はそのまま続いていく。
ところが、後半勝負となる雰囲気さえ漂い始めた前半終了間際の45分、試合を動かす1点が生まれる。先制点を手にしたのは長崎。左からのコーナーキックを得るとゴール前に選手たちが密集。その混戦を狙って入ったボールを一度は北九州の原がクリアするものの、こぼれたところからイ・ヨンジェが振り抜き、ゲームを目覚めさせる得点を奪う。
0−1となったハーフタイム。柱谷幸一監督(北九州)は「リードされていることは経験している。落ち着いて取り返そう」と選手を鼓舞して後半のピッチに送り出す。ミッドウィークの天皇杯3回戦を含め逆転勝ちを何度も重ねてきている北九州。前半終了間際での失点は決して歓迎すべきものではないが、攻撃への強い意識付けがなされたのは疑いようもなく、実際に後半はそれまでとは対照的に攻守にリズムが出始める。そして56分。渡邉将基を起点に、内藤洋平がペナルティエリア前ではたいたボールを池元が右足でミドルシュート。池元自身が「いいコンビネーションでいいゴールが生まれた」と笑顔で振り返る鮮やかな同点ゴールで北九州が追いついた。
その瞬間、「勝ち越せるのではないか」という前向きの意識が北九州の選手たちに『またしても』芽生えたことだろう。守備陣は厚いブロックで長崎の攻撃を跳ね返し、攻撃陣はカウンターのチャンスを虎視眈々と待つ――。自分たちの流れだ。そして85分。逆転弾は長崎の攻撃を跳ね返したあとのカウンターだった。
起点となったのは星原健太。天皇杯3回戦を唯一欠場し「みんなより元気だったのは感じていた」という星原は、自陣のペナルティエリア内でボールを拾うと迷わずドリブル突破。波状攻撃の長崎は前のめり、ブロックを作っていた北九州は重心が低いという条件も重なって、星原はボールを放すことなく敵陣の中央まで4人をひらりひらりと抜き去っていった。勢いそのままに右サイドから上がってきた渡大生と小手川宏基のクロスする付近に向けてスルーパス。これを「必死で後ろから追いかけた」と振り返る小手川がダイレクトで低くコントロールされたシュート。弾道は左のポストに当たってゴールに吸い込まれ、北九州が見事なカウンターを実らせて逆転した。
公式戦での長いドリブルは初めてだという星原。試合後、カメラや記者らに囲まれながら「ちょっとFWの血が騒ぎました。パスは渡を狙っていたんですがちょっとずれてコテ(小手川)に行きましたが、結果オーライ。パスをした瞬間はミスパスをしたなと思って頭を抱えてしまいました」とはにかんでいた。「我々のチームはリトリートして守るとスカウティングされていると思うが、カウンターを持っているというのが一番大きな武器だ」とは柱谷幸一監督。戦術がぴたりとはまり、リーグ戦では今季6試合目、天皇杯を含めれば2試合連続の逆転勝ちを飾った。ただ、もちろんその背景には攻守に献身的な役目を果たした内藤洋平、八角剛史、風間宏希ら中盤の活躍も、最終ラインやGKの粘り強さも忘れてはならない。華やかな逆転勝ちはその立役者ばかりを注目してしまうが、ゴールの向こう側にあるひとつひとつの歯車の連動にもしっかりと目を向け、オマージュを捧げたい。
他方、長崎は、冒頭で引用した高木監督の言葉が全てを物語る。全体的にボールを持つ時間は長く、精度やコンビネーションが噛み合えば2点以上を得るチャンスはあった。引く時間を意図的に作ってくる相手と当たる場合、ボールを「持たされている」というような時間帯も生まれてくるが、この試合の長崎は主導権を握ってボールを回せる場面も少なくなかった。これがゴールにまで直結しなかったのは疲れの影響も無視できないだろう。次節までには1週間のインターバルがある。積み上げるべきところ、修正すべきところにもしっかり気を配りながら次戦に挑みたい。
さて、この試合ではゲーム前に広島市で発生した土砂災害の義援金を各ゲートで募った。被害が集中した広島市安佐北区出身の渡大生も発案者となって行ったもので、渡は「自分の家族はたまたま被害がなかっただけで、他人事とは思えない。いろんな人の力が必要だと思うし、協力をしていきたい」と険しい表情。クラブの発表によればこの日だけで18万7千円余りが集まった。「感謝しかないです。早く元に戻って欲しいと思います」――。スポーツを通じて、災害の被災地を思うこと、あるいは行動すること。それは震災後の問いかけのひとつでもあるが、いま改めて、スポーツが触媒となり、遠くの誰かに寄り添う気持ちや人と人の見えなくとも温かい繋がりを感じた試合だった。
以上
2014.08.25 Reported by 上田真之介
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