試合前、松本の選手は“背番号3”のプラクティスウェアを着て入場した。2011年8月4日に急逝した松田直樹さんを悼んで、試合前には黙祷も捧げられた。選手たちの胸に、期するものはあった。台風の影響で試合中は強風と横殴りの雨。ピッチはスリッピーで、風はロングボールを容赦なく流した。悪環境のなかでの一戦となったが、内容は冷たい雨風にも負けない熱いものとなった。まさに『雨ニモマケズ、風ニモマケズ――』といったところか。
お互いに相手を凌駕するハードワークが武器と標榜するチーム。序盤から局地戦が勃発する。松本の前線を務めるサビアと船山貴之はかつて栃木でプレーした選手。試合前には栃木サポーターからのブーイングが贈られたように、ピッチ内の選手もそれぞれ旧知の間柄。負けられないという思いは当然あろう。ラインの裏を通し、或いはセットプレーでゴールを脅かす松本に対し、栃木は球際に強いアグレッシブなディフェンスで対抗した。
明らかに勢いはあったのは松本。しかし栃木の粘り、またフィニッシュの精度不足によりゴールネットを揺らすには至らないまま時間は過ぎた。雨足は弱くなったものの、風は相変わらずだ。エンドの替わった後半は風上に立つ松本にとっては有利な状況になるとはいえ、このまま0−0で前半を終了するのか。しかし45+1分、栃木ゴール前でのルーズボールに反応した岩間雄大が地を這うようなミドルシュートを放つ。これがドゥドゥに触れながらもゴールに突き刺さった。
良い時間帯に先制弾が生まれ、またハーフタイムに福岡が磐田にリードしているという一報も飛び込んできたことで松本は俄然活気づいた。追加点を狙って、後半開始直後から前を向く。前線の選手へのロングボールも収まり、その都度場内が沸いた。ただ、栃木も気持ちは折れていない。5連敗阻止のためにもまずは同点に追いつこうと松本陣内へとボールを運ぶ。素早い攻撃の応酬で展開は一進一退となったが、それでも松本は主導権を手放さない。1点を追いかける栃木は状況打破のため、阪倉裕二監督が66分に中美慶哉と湯澤洋介を同時投入して中盤の活性化を図る。
ここから試合は劇的に動き出す。まず飛び出したのは栃木の同点弾だった。一瞬のエアポケットを突くように鈴木隆雅のクロスを大久保哲哉が頭で決めたのは、膠着状態が続いたまま迎えた72分だった。これで同点に追いついた栃木は湯澤が入ったこともあって明らかに躍動感が生まれ、徐々に勢いでホームチームを上回るようになった。しかし、決めるべき人が決めることで状況も好転する。81分、船山の勝ち越し弾だ。距離は遠目からだったが、放たれた瞬間に決まると確信できたほどの美しい弾道を描き、ゴールへと吸い込まれた。勝ち越しに成功した松本が、そのまま2−1で逃げ切りに成功した。
連敗脱出を狙った栃木は、最後まで心折れることなく松本に圧力をかけた。対する松本は途中投入した山本大貴を途中交替させる選手起用で勝利への執念を見せた。確かにファーストディフェンスや簡単なボールロストなど山本のプレーは精彩を欠いており、点差はわずか1点。どんな事故が起きてもおかしくない状況だけに、あえて反町康治監督は勝利のためにプロフェッショナルに徹した。山本の悔しさは察するに余りあるが、次の機会で誰もが唸る結果を出して見返せばいいのだ。プロフェッショナルの世界は結果が全てなのだから。
以上
2014.08.11 Reported by 多岐太宿
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