ワールドカップに出場する日本代表チームの最終メンバー発表を5月12日に控えた最後の公式戦で、代表入りが期待される選手たちが輝きを見せた。
2ゴール1アシストの川崎F・小林悠に、1−1の同点ゴールを決めた鹿島・柴崎岳のプレーも見事だった。しかしそれ以上に能力を見せつけたのが、2ゴールの大久保嘉人と2アシストの中村憲剛だった。若武者2人の活躍が霞む結果を、2人のベテランが出した。
川崎Fが2−1でリードした試合終盤。鹿島の猛攻を受けながら迎えた83分のことだった。鹿島のアーリークロスをファンブルしながらキャッチした西部洋平が前線にキック。これをクリアミスした鹿島DFからのボールが中村の足下に転がる。簡単ではないこの場面で中村は、大久保にダイレクトパス。曽ヶ端準との1対1を迎えた大久保は「緊張しました」とこの場面を振り返りつつも冷静なステップで曽ヶ端を寝かせて外してゴールに流し込み、川崎Fが得点差を2に広げる。大久保はその6分後にも、小林からのラストパスに反応し、50mほどを独走。曽ヶ端との1対1を決めて試合に決着を付けた。日本代表入りを切望する亡き父・克博さんの遺書に奮起し、日本代表復帰を目指してきた大久保のザッケローニ監督へのアピール弾だった。
トニーニョ・セレーゾ監督の試合後の会見によると、監督は川崎Fにセンターバックとボランチの間のスペース、いわゆるバイタルエリアを使われることを嫌がっていたようだ。
「大久保選手が、ボランチの背後(であり鹿島のセンターバックの前のスペース)のセカンドストライカーの位置に降りてきた時に、前を向かれ仕掛けられると、苦しい状況になる」(セレーゾ監督)
この状況が起きないようセレーゾ監督はボランチ1枚がバイタルエリアの前のスペースを消すことを求めていた。ただ、川崎Fの中村と大島僚太の2人のボランチコンビは能力が高く、彼らへの対応を疎かにすることは出来ない。つまり鹿島のボランチは、川崎Fのボランチの対応に追われることとなるのである。そうなった時にセレーゾ監督は、センターバックのうちの1人にバイタルエリアのスペースを埋める果敢なチャレンジを求めていた。そしてそれが実は川崎Fにとってはおあつらえ向きの守備方式だったのである。
前半開始直後の3分のこと。川崎Fは、攻撃中の鹿島がコントロールをミスしたボールをマイボールにし、自陣の大島が前方に位置する小林に縦パスを入れた。最前線の位置からポジションを中盤に移していた小林には、セレーゾ監督の指示を忠実に実行していた昌子源が食いつき気味にマークを敢行。アジア諸国の強豪クラブを相手に戦ったACLでもポストプレーに抜群の冴えを見せてきた小林は、この昌子のアタックをものともせずにボールキープし、ここから川崎Fが流麗なパスワークを見せる。小林→大島→大久保とパスをつなげ、大久保からのパスを受けた森谷賢太郎が、走り込む小林にダイレクトパス。持ち出した小林のシュートは曽ヶ端が一歩も動けないファインゴールとなる。
この試合、鹿島は徹底して川崎Fの2トップに対しハードマークを続ける。監督からの指示どおりのこの守備は、たとえば柏が実行し、ある程度川崎Fの攻撃を分断した守備をモチーフにしていたのだろう。ただ、彼らとの違いは、鹿島がブロックを作らなかったという点。ゴール前に蓋をして受け身の守備を採用するのではなく、より積極的にボールを奪いに行こうとしたのである。
その志や、よし。しかし、現実は簡単ではなかった。
中村は、鹿島が狙っていたその積極的な守備について「やりやすかったですよ」と振り返ると、続けて「前から来てくれると悠と嘉人の個人能力も生きますし、その後(の中盤の選手)も前向きでサポートできるので」とその真意を説明する。また小林も「結構、僕と嘉人さんに相手のセンターバックがピッタリ付くことも多かった。僕と嘉人さんは敏捷性では勝てると思うし、そういうのを上手く生かせたのかなと思います」と述べている。
もちろん1試合を通して川崎Fが攻勢に出続けていたわけではない。先制した後の時間帯では、積極的に前線に飛び出してくる鹿島の流動的な攻撃を止めあぐねている。そうやって枚数を掛けて攻めてくる相手に対しては、必然的にその裏が開くことになりチャンスになりうるのだが、この鹿島戦での前半15分ごろの時間帯は、鹿島の前からの圧力を受け流すことが出来なかった。
前半16分にはするするっとポジションを上げた左サイドバック、山本脩斗への対応が緩慢になり、ペナルティーエリア前のスペースの横断を許すと、遠藤康のヒールパスから柴崎へとパスがつながり、見事なループシュートを決められてしまう。ゴール直後の失点ではなかったが、相手がパワーを掛けてきた時にその攻撃をしのげなかったという点で、“ゴール後の失点”という川崎Fの課題の本質は解決されていないと見るべきだろう。
1−1で迎えた後半。攻勢を強めた鹿島に、川崎Fは守勢に立たされる。田中裕介はその時間帯を振り返り「苦しかったです。疲れてましたし」と述べている。激しい攻防が続く57分、川崎Fは待望の勝ち越しゴールを決める。鹿島の右サイドからの攻撃をしのいだ川崎Fは、大久保が際どくポストプレーを成功させて前方の小林に縦パス。小林は中村に預けてペナルティーエリアの中へ。その間にパスは中村→レナト→中村とつながる。前方を見やった中村は、昌子にマークに付かれていた小林にラストパスを入れた。小林はトラップだけで昌子を外すと、迷わず右足を振り抜いてゴールを陥れた。
「外しやすかったですね。そういうディフェンスの方がやりやすいですね。食いついてきたら、先に触ればトラップで入れ替われるので。2点目も先に触って入れ替わって反転したというか、相手が食いついてきてくれたから出来たこと。今日はすごくやりやすかったです」(小林)
勝ち越しに成功した川崎Fは、ここから少々ペースを落とすこととなる。もちろん同点、逆転を狙う鹿島の攻撃への意欲が強かったという側面はあるだろう。そんな鹿島の攻撃を要所要所を締める戦いで外して、迎えた試合終盤に大久保が2ゴールを畳み掛け、試合に決着を付けた。
2−1となった試合終盤。川崎Fは足が止まるが、疲弊していたチームを象徴するのが、大久保の2点目、川崎Fにとっての4点目が決まった場面。ゴールを決めた大久保に駆け寄ったのはレナト1人で、残された川崎Fの選手たちは、その大久保にラストパスを通した小林を祝福することを選んでいた。50m先の大久保を祝福するだけの足が残っていなかった、それだけ厳しい戦いだったということだろう。
一部で代表招集が熱望されている中村、大久保は共に「この試合で決まるわけではない」と話してきた。ただ、招集前の最後の試合で結果を出した両者は、日本代表・ザッケローニ監督に大きなアピールをしてみせたと考えていい。彼らに小林、柴崎といった選手を加えた当落線上の選手たちはにとって、5月12日はまさに運命の日となる。
なお、試合後、足早にミックスゾーンでの対応を済ませた大久保は、チームの練習が休みとなった11日を利用し、1泊2日の里帰りを敢行。日本代表のメンバー発表となる5月12日は、亡き父・克博さんの命日であり、その克博さんの墓前でこれまでのプレーぶりを報告するために、試合後にそのまま九州へと飛んでいる。
また最後に一言付け加えると、この試合には小宮山尊信が昨年11月23日の浦和戦以来の出場を果たしている。第4の審判と共にピッチ脇に立った小宮山の姿を確認したサポーターからは歓声が沸き起こり、後半アディショナルタイムの90+2分にピッチに立った小宮山に懐かしさすら覚える応援歌が歌われて、泣きそうになった。ケガから復帰した小宮山は、谷口彰悟、登里享平との厳しいポジション争いを勝ち抜かねばならないが、それにしてもまずは彼の復帰を祝福したいと思う。「ヴァモス・小宮山・ファイティン」である。
以上
2014.05.11 Reported by 江藤高志
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