ミックスゾーンに現れた神戸の小川慶治朗は、少し目を潤ませているように見えた。“超”が付く負けず嫌い。「何本か決定機があったのでそこは決めないといけない。後半は足が止まって相手のペースになったので、そこは試合を通して自分たちのペースに持っていけるようにしないと、今後もっと厳しくなる」。絞り出した言葉はやや震えていた。81分過ぎのビッグチャンスをものに出来ていれば、勝てていたという想いがあったのかもしれない。小川がそこまで責任を感じる必要はないが、彼はそういう男である。それが彼の魅力だ。
前半、ゲームを支配したのは神戸だった。3分にはマルキーニョスが技ありのループシュートで広島ゴールを脅かし、6分にはCKからマルキーニョスが頭で合わせたが、惜しくもポストに嫌われる。23分には右サイドバック高橋峻希のクロスをマルキーニョスが競り、こぼれ球を森岡亮太が豪快に蹴り込むが、今度はバーに跳ね返された。
神戸が前半に放ったシュートは、広島より3本多い7本。安達亮監督が「前半、割とチャンスもあってバーに当たったり、ポストに当たったり。その辺が一つでも取れていればもう少しいい展開になったかなと思います」と話すように、前半の無得点が神戸を苦しめる結果になってしまう。
広島にとっての前半は我慢の45分だった。だが、それは想定外ではなく、予定通り。森保監督は「前半、神戸がモチベーションを高く、アグレッシブにやってくるなと思っていたし、その通りの展開になった。(中略)我々の選手の試合の運び方、臨機応変にチーム全体で対応していくことは出来たと思います」と振り返っている。J1リーグ3連覇を狙うチームは“したたか”だったと言うほかない。
プラン通りに、後半は広島のペースとなった。約52分には水本裕貴が右ワイドの清水航平へ大きくサイドチェンジすると、清水が正確なクロスを入れ、森崎浩司が頭で合わせた。84分には途中出場の石原直樹から右ワイドに入ったミキッチへ、そこからファーサイドへ上がったクロスを佐藤寿人が捉えた。アディショナルタイムには石原からのピンポイントクロスを佐藤が頭で合わせる“らしい”攻撃もあった。後半に広島が放ったシュートは神戸よりも2本多い7本。単純にシュート数で試合を語るのはナンセンスだが、結果的にシュート数が試合展開を物語るケースもある。このゲームに関しては、前半と後半のシュート数が両チームの優劣を表していた。
神戸の小川慶治朗にビッグチャンスが訪れたのは、後半の苦しい時間帯だった。なんとか流れを引き戻ろうと72分にエアバトラー田代有三を投入したが、チームとして彼の個性を生かしきれずに時間が過ぎていく。その中で81分過ぎに、チョン ウヨンが広島のDFラインの裏へ鋭いロングフィードを入れると、小川がハイスピードで裏へ抜け出し絶妙のボールコントロールでシュート体勢に。パスを引き出す動き、速さ、正確なトラップ、そしてシュートを打つタイミング。全てが理想的だったが、利き足ではない左足で放ったシュートは結果的に枠を捉えることができなかった。連戦続きのゲーム終盤で、あの鋭い動きができるのはまさに“スペシャル”だろう。だが、小川は「後半はちょっと開いてスペースを空けてボールを引き出した場面も何本かあったので、それを、試合を通してできれば…」と反省する。チームが苦しい時にゴールを決めてこそのエース、そんな想いが言葉の端々に浮かんでは消えていた。神戸にとっては非常に悔しいスコアレスドローだったと言えるだろう。
それは広島も同じだろうが、森保一監督が「勝点1が取れたことをポジティブに考えたい」と話すように、神戸とはやや捉えた方が違うようだ。4月12日の第7節・F東京戦以降、中2日あるいは中3日の間隔でJリーグとACLを戦っているチームにとって、アウェイでのポイント1は充分な成果と言える。結果的に、このゲームは百戦錬磨の王者が“試合巧者”だったのかもしれない。
以上
2014.05.04 Reported by 白井邦彦
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