まるで申し合わせたかのように、両監督が試合後の会見で「チームにとっての財産になった」という趣旨の言葉を残しているが、そのことがこの試合の性格を物語っている。お互いのチーム状況や戦力、それをベースにした監督同士の思惑、選手個々の能力やスキルといった要素に加えて、スタジアムの空気や風などの気候条件、試合の流れと局面ごとの状況の変化、そして選手1人1人のメンタル、等々。あらゆることが紙一重の差で折り重なるサッカーの怖さと奥の深さが、この93分間に詰まっていた。簡単に言うと――1対1のスコア、ドローという結果からイメージする展開以上の――濃い試合。Jリーグ20年の歴史の中でこのカードはまだ3度目だが、昨シーズン戦った2つのゲームにもまして、記憶に刻まれる試合になったことは間違いない。
アウェイに乗り込んだ昨年8節の第1戦、「お世話になった前指揮官に、変わったんだということを見せる」と少々気負いすぎて持ち味を出せなかった経緯もあって、まずは流れを左右する鍵の1つと思われた試合の入り。熊本の選手達は、緊張感とリラックスの適度なバランスを持ってゲームに入っていけたようである。長崎のプレッシャーにも慌てることなく、寄せてくる相手の間に通すショートパス、あるいはサイドに生まれるスペースや背後に前を走らせる長いフィードをシンプルな判断でうまく組み合わせて、徐々に押し込んでいく。
長崎の高木琢也監督が「なぜ?というクエスチョンがあった」と述べているが、それをもたらしたのが、「セオリーから言えば、勝った前節と同じで入って来てもおかしくない」(同監督)という見方に反した熊本の先発の顔ぶれだ。小野剛監督はこの試合、期限付き移籍で加入したばかりのGKシュミット ダニエルを初先発させたほか、篠原弘次郎を3試合ぶりに最終ラインに戻し、またファビオを今季初めて先発に起用するなど、前節から4人を変更。その意図については「誰が出ても変わらずにロアッソのサッカーを貫いてやってくれる、その手応えを私が感じたから」と話したが、実際には長崎のストロングな部分を抑える狙いがあったのは言うまでもない。本来、走力と緻密なポジションバランスが生み出すサポートでボールを動かして主導権を取りたい長崎に対し、セカンドボール争いで優位に立てたのは、ファビオがトップ下にポジションを取ることで長崎のボランチ2人を混乱させ、さらには執拗なアプローチを繰り返して自由に前を向けるスペースや時間を与えない対応ができていたから。これが、トップの佐藤洸一と2シャドーの関係を断つことにもつながっている。
ただ、ボールを奪ってからも落ち着きどころを作れず、また組み立ての段階でのつなぎのミスもあって、バイタルから崩す場面はさほど多くはなかった。しかし既に大きな武器となったリスタートから、今節も先制点が生まれる。35分、養父雄仁は「1本目でチャンスになりそうなかぶり方をしていた」と、ここでもロングスローを選択。ファビオと齊藤和樹がDFを引っ張りながらニアに流れてわずかなスペースを作ると、そこへ入ってきたのは澤田崇だ。4節の大分戦でプロ初ゴールを記録したものの、仲間隼斗のシュートが腹部に当たるというスッキリしない形だったこともあって「次はしっかり、足で決めたい」と話していた通りの、文句なしの右ボレー。5試合ぶりとなる澤田の今季2点目で、熊本がリードを奪った。
だが長崎もこのまま黙ってはいない。後半に入ると一転、先手を打って流れを引き戻しにかかった。まずは53分、東浩史に代えて185cmのイ デホンを投入。佐藤との2ターゲットにして、徹底してロングボールを多用する戦い方にシフトする。これに対して熊本の小野監督は、片山奨典を下げて矢野大輔をピッチへ送り、ロングボールに対応。合わせて藏川洋平を左へ回し、園田拓也を右へ動かした。長崎は前半のうちから、左で作って熊本の陣形を寄せたうえで、右のスペースに神崎大輔が出ていく形を作っていたが、高い位置でポイントができるようになった分、そうした大きなサイドチェンジを生かして狙えるスペースは減った。しかし逆に、前半はほとんど存在感を発揮できなかった奥埜博亮が熊本の間に入っていけるようになっている。
高木監督は続けて68分、前節同点ゴールを決めている石神直哉を左のワイドに起用。同時に、野田紘史を1列下げ、3バックの左にいた古部健太を1列前の逆サイド、つまり右のワイドへ動かしている。結果的には、「疲れた時間帯では、たぶんイーブンではなくて我々の方にwinの部分が出てくる」(高木監督)との判断で加えたこのポジション変更が、勝点1を引き寄せた。大型ビジョンの計時表示が消え、アディショナルタイムに入った90+1分、自陣左寄りのハーフウェイライン付近から野田が前線に送った長いボールは、中央で待ち受けたデホンには合わなかったものの、奥から入って来た古部の目の前へ。「枠を外さないことを考えた」という古部の執念のゴールで、ついに長崎が追いついた。
失点場面を切り取れば、ファーから入って来た古部への間合いの詰め方、さらにはアシストとなった野田のフィードへのチェックの遅れなども要因ではある。だがそのことよりも、前節の山形戦、あるいは4節大分戦同様、リードした展開でのゲーム運び、そして終盤の時間の使い方が熊本にとっては課題だ。追いつかれる直前の89分、巻誠一郎のボール奪取から抜け出した澤田が深いところまで持ち込み、最後はシュートを選択したのだが、状況を考えればマイナスに折り返すという選択肢も、あるいはキープして時間を使うという選択肢もあった。そう考えると、こうした拮抗したゲームを逃げ切って勝点をさらうだけの老獪さ、あるいはしたたかさが熊本にはまだ足りないようにも思える。しかし。あれだけ消耗した時間帯にも関わらずゴール前にしっかりと、しかも複数が詰めていた点、さらには非常によく鍛えられた長崎をぎりぎりのところまで追いつめた点に関しては、「今日、選手達が成し遂げたこと、その内容には誇りを持ちたい」という小野監督の言葉にもうなずけるし、チームの成長としてポジティブに捉えていい。この日の悔しさは、冒頭で触れたように必ず財産になる。中2日で迎える次節の水戸戦はもとより、残りの全ての試合に生かしたい。
それにしても、感嘆させられるのは長崎のしぶとさである。前節に続くアディショナルタイムの得点で、アウェイで最低限の勝点1をたぐり寄せることができるのは、もちろん「最後の笛が鳴るまで絶対にやめないという気持ち」(高木監督)も大きいのだが、それと合わせて、昨シーズンからここまで積み重ねてきた――プレーオフも含む――際どい勝負の経験が生きているということ。試合前に挨拶した際、今季の補強に関しては「能力だけではなくて、性格も含めてかなり吟味したよ」と高木監督が教えてくれたが、そうした個が集まると、時にとてつもない力が出る。3位以下との差も詰まってきたが、これで7戦無敗と9連勝中の湘南を追う。
歴史のある鳥栖や福岡、大分がこれまで牽引してきた九州だが、後期の対戦もお互いにいい状態で迎えるべく、ともに創設10年めの熊本と長崎も、さらに盛り上げていきたい。
以上
2014.04.27 Reported by 井芹貴志
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