Ｊ１通算１３９得点は、キングの数字である。
Ｊリーグ初代MVPであり、Ｊの歴史を創ったパイオニアであり、今もなお現役として伝説を作り続けている創造主。偉大なる三浦知良（横浜FC）が記録した１３９という数字に、佐藤寿人はあと１点まで迫った。
今季、キャンプからマイペース調整を続けていたエースは、開幕時は決して100%の状態ではなかった。しかし、それは長いシーズンを闘う上で計算し尽くされたペース。早いタイミングでの途中交代も多く、ACLもアウェイの遠征には参加せずにコンディションを整えてきた佐藤の状態は、ここにきてグッと上がってきた。
名古屋戦では高萩洋次郎の美しいサイドチェンジのパスを、DFの視界から消えながら大外で受け、対応してきた楢崎正剛の指が届かないコースを狙ってシュートを流し込んだ。決定的なボールを呼び込む決定的な「消える動き」とシュート技術の高さが合わさったこのゴールは、まさにTHIS IS HISATO。川崎Ｆ戦のスーパーゴールは驚きではあったが、佐藤寿人の本質が十分に詰まった名古屋戦の同点弾は、彼の調子が向上してきた証明である。６試合４得点は気づけばチームトップタイ。エースが量産体制に入れば、広島の状態はさらに上がってくる。

「ヒサトにとってのキングカズ」は、まさに憧憬だ。
「小学校６年生の時にＪリーグが開幕して以降、僕はずっとＪを見てきたし、Ｊの存在なくして、自分はここまで来ることはできなかった。そして、あこがれを持って見ていた舞台で、いつもゴールを決めてダンスを踊っていたカズさんを、僕はずっと見つめていた」だからこそ、もし明日のＦ東京戦で「１３９」に並べば、尊敬を込めてヒサトはカズダンスを踊る決意を固めている。それは事前に、キングの了解をとりつけ済みだ。ただ、もしそのゴールが負けている時の得点となれば、ダンスを踊る余裕も雰囲気もない。「勝利につながるゴールになれば」。ヒサトの願いは、もちろんサポーターの希望でもある。

対戦相手となるＦ東京にしてみれば、目の前でそんな記録を作られ、カズダンスを踊らせることは絶対に避けたいはずだ。ただ、彼らにとってポジティブなのは、エディオンスタジアム広島との相性が決して悪くないこと。通算成績は４勝２分５敗だが、ここ２年は連勝。広島の攻撃を研究し、強みを消してしまうサッカーを駆使して王者に苦虫をかみしめさせる結果につなげている。
もちろん、カルチョの国からやってきたマッシモ フィッカデンティ監督にとって、広島対策をとってチームのやり方やフォーメイションを変える余裕はまだ、ないだろう。今は自分たちのサッカースタイルを構築する真っ最中。西野朗監督が率いる名古屋がそうだったように、Ｆ東京もまた、ここまで積み重ねたスタイルを維持して闘う可能性が高い。
ただ、そこは戦術大国のイタリアからやってきた指揮官である。自分たちのスタイルで闘う中で、広島のストロングポイントをどう抑えるか、そこの味付けに注目したい。特に「ヒサト」の存在をどう捉えるか、どう抑えていくか。そこは大きな課題として取り組んできたはずだ。特に、ここ数試合で取り組んでいる３ボランチが機能すれば、広島の１トップ２シャドーにとってはスペースの構築に苦しむはず。そこをどう打開して、ゴール前での決定的なシーンに直結させるか。明日の試合は、戦術的な意味でも実に興味深い戦いとなる。
イタリアサッカーが大好きで、今も尊敬の念を抱いている佐藤寿人にとって、フィッカデンティ監督はチェゼーナで長友佑都（インテル ミラノ／イタリア）を指導している時代からずっと見てきた指揮官。「どんなサッカーを見せようとしてくるのか、とても興味深い」と瞳を輝かせる。憧れてきたカルチョの国で実績を積んできた監督の前で、憧憬の存在であるキングカズの記録に並び、そして乗り越えられるか。明日は、個々の能力がハイレベルにあるチーム同士の戦いはもちろん、ストライカー・佐藤寿人の存在に魅入られる夜となりそうだ。

以上

2014.04.11 Reported by 中野和也