クラブができて10回目、Jの舞台に上がって7度目の春である。チームもまた、かつて経験したことのない厳しい冬のような昨シーズンを乗り越え、春を迎えたと言えよう。去年はいくつかの小さくない痛みもあった。だが熊本はその試練を乗り越え、この日を迎える。厳しい時間が長ければ長いほど、また厳しさが大きいほど、その後に訪れる季節への思いは強くなり、期待も膨らんでいく。希望を胸に臨む、新しい1年のはじまりである。
6代目(人数としては5人目)の指揮官として現場を率いることになった小野剛監督以下、12名の新戦力を加えて平均年齢で3歳ほど若返ったチームは、この日に向けて着々と準備を進めてきた。節目のシーズンにあたり、クラブではなく選手達が自らの意思で掲げた目標は、プレーオフ進出につながる6位以内。過去最低の19位という昨シーズンの成績を思えば、非常に高い目標設定だ。だが小野監督は言う。「選手達1人1人がそれを自分の目標として覚悟を決めた以上、そこに立ち向かわなくてはいけない」
その思いに応えるように、始動からここまでの約1ヶ月半、彼らは厳しいトレーニングをこなすとともに、「このチームの大きな武器になりうる」と小野監督が話す、強固な一体感を醸成してきた。2年続けて主将を務める吉井孝輔が「雰囲気は抜群にいい」と口にする通り、トレーニングのムードは非常にポジティブだ。もっとも、期待を感じさせるのは一体感や雰囲気の良さからだけではない。「チームとしてやることが徹底されて」(養父雄仁)、「理解が浸透してきた」(園田拓也)ことで、特に守備面において「意思統一ができている」(篠原弘次郎)から。練習試合を重ねるに連れて守備のオーガナイズが進み、崩される場面が減っていることに加え、押し込まれる流れの中でもコミュニケーションを取りながら、ピッチ内で修正をかけられるようになっている。トレーニングマッチでは結果的に勝ちきれない試合が多かったものの、様々なタイプのチームとの実戦を通じて、自分たちの軸はぶらさずにゲームの中で起こりうる状況もシミュレーションしてきた。チャンスは作りながらも得点が少なかったことに関しては、フィニッシュ精度の向上がシーズンを通しての課題となるが、28日の午後練習では4パターンのシュート場面を作って、こういう局面ではどのコースを狙うかといった、ディテールのイメージも植え付けた。
「開幕の時点でここまではやっておきたいと考えていたことは、ほぼやれた手応えを感じています」と小野監督は話し、限られた時間のなかでもチーム作りは概ね順調に進んできたと言えるだろう。プロとしてのキャリアで初めて地元での開幕を迎える巻誠一郎も、「今の時点では、ですけど」と前置きしつつ、「個人的には身体も追い込めたし、チームとしてもいいアプローチができている。変にたかぶりすぎていないし、いい意味でリラックスしていますね」と、メンタルでもいい準備ができたことを示唆する。
とは言え、練習通りにはことが運ばないのもサッカーの難しさであり、いくつかの特別な条件が加わるとなれば尚のこと。開幕ゲームであるということ、さらに昨季2引き分けに終わった福岡を迎える『バトル・オブ・九州』であることが、見えないプレッシャーにならないとも限らない。熊本は過去6シーズンの開幕戦で、勝ったのはわずか1度(2011年の東京V戦、1−0)しかない。
対する福岡はマリヤン プシュニク監督体制の2年目となり、攻守両面でアグレッシブさを増している。先週行われたキックオフカンファレンスで開幕戦のポイントについて聞いた際、プシュニク監督はこう教えてくれた。「相手よりも得点を多く入れることです。昨年、熊本とは2つとも難しいゲームをした。しかし我々のモットーはこうです。“2点失っても3点取る”」。その言葉の通り、福岡はここまで、攻撃に重点を置いた強化とチーム作りを進めてきたようだ。過去のゲームで重要な役割を果たし、昨年はGKまでこなした城後寿を筆頭に、勝負所での強さを持つ坂田大輔、そして0-7というスコアで敗れた昨年19節の北九州戦において、豪快な左足のボレーによる2点目でチームを勢いづけた森村昴太も新たに加わり、攻撃陣は昨年に増して非常に強力となった。プノセバッチの高さ、新加入・平井将生のスピードと、キャラクターが明確であるばかりでなく、4-3-3、あるいは4-1-2-3のシステムが生む流動性で相手守備陣を撹乱し、ゴールに襲いかかってくるだろう。
そうした福岡のアグレッシブなスタイルにどう対応するかが、熊本にとってはポイントとなるわけだが、小野監督は、「相手のプレッシャーに怖じ気づかずに、チャンスと捉えることができるかどうか」だと話した。つまり、相手が前からプレッシャーをかけてくることによって生じるスペース、あるいは流動的に攻めてくるからこそできるズレやギャップを見つけ、共通意識のもとで狙うことができるか、ということ。その上でも、守備から攻撃、攻撃から守備の切り替えで相手より優位に立ちたいところ。このタイミングを共有するためにも、熱い思いと切り離した冷静な状況判断が求められる。もちろん、「1対1や球際の戦うところで負けないことも大事」(養父)だが、GK畑実が言うように、「全員がチームのためにプレーしようという責任感が生まれている」のはその支えとなるはず。90分を通じてこれを維持し、例えミスがあってもそれをカバーし合えるかにも注目したい。
約3ヶ月のシーズンオフを終えて始まる新しいシーズン。昨季は低迷した両チームだが、今季にかける思いを表現し合い、『バトル・オブ・九州』にふさわしい好ゲームになることを期待したい。
以上
2014.03.01 Reported by 井芹貴志
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