戦士は、誰がために戦うのか。
プロならば、当然、契約しているクラブのため、スポンサーのため、何よりもサポーターのためだ。自分のためだけに戦っていては、最後の最後、120%の力を出し切れない。誰かのために戦う者の方が、絶対に強い。それが、ずっと勝負の世界を見てきた者の実感である。
2月22日の広島は、そんなプロとしての基本をベースにした上で、ある特別な人のために、全員が戦っていた。その人とは、ここまで決して表に出ることがなかった、1人のクラブスタッフである。
悲しい知らせがチームに飛び込んだのは、2月10日。宮崎キャンプ初日のことだ。
「澤山文枝さんが、亡くなった」
森保一監督は、にわかに信じられなかった。そして、激しく動揺する気持ちを、抑えることができなかった。
監督の現役時代から、このクラブで仕事をされてきた澤山さんのお世話にならなかった選手は、いない。新加入選手の住居、引っ越し時の細々な手続きといった現実的な仕事だけでなく、若者に対する社会人としての細かな教育や外国人選手たちへの気配りなども含め、幅広い部分で選手・チームを支える。彼女の仕事は「事務」ではない。クラブや選手へ「愛情」を注ぎ込むことだった。どんなに多忙でも、その姿勢は一切、変わらなかった。
2月9日、澤山さんはファン感謝デーでの選手たちを微笑ましく見つめ、特に選手とサポーターが一緒に踊った「恋するフォーチュン・クッキー」の完成を「楽しみ」とFacebookに書き込んでいる。だからこそ、その翌日の突然の訃報は、信じられなかった。信じたくなかった。
試合前のロッカールーム、青山敏弘新主将は「澤山さんのために、絶対に勝とう」と全員に声をかけた。その想いは、右手に巻かれた喪章と共に、チームを動かす原動力となった。
開始早々、いきなり野津田岳人が裏をとり、決定的なクロス。石原直樹がゴール前でフリーに。シュートはバーの上を超えていったが、広島の勢いは増幅。佐藤寿人が、石原が、野津田が、この3人を鏃(やじり)とした紫の矢が強烈に横浜FMゴールに襲いかかった。
6分、塩谷司の正確なロングボールを石原が確保。そのままドゥトラとの競り合いを制して突破すると、決定的なクロスを流し込む。ゴール前にいた佐藤がスルーした、その後ろで待っていたのは19歳のアタッカーだ。高萩洋次郎の太もも裏負傷によってチャンスを得た若者は、躊躇なく左足を合わせた。
先制!選手たちは天に向かって喪章を掲げた。
澤山さん、やったよ。見てくれましたか?
全員がそう語りかける、静かなパフォーマンスだった。
広島の勢いは、止まらない。相手ボールになってもラインを下げず、前線からの積極的な守備は効果的で、広島はよりゴールに近い位置でボールを奪った。その上で右サイドを徹底してつき、クロスやコンビネーションで得点機を次々に迎えた。19分に藤本淳吾の決定的なシュートを許したものの、許したチャンスはその程度。横浜FMの圧力が増しても球際で上回り、決定的な崩しを許さない。マイボールになれば、躊躇なくラインを押し上げた。
後半もペースは広島。青山敏弘のビューティフルゴールはオフサイドで取り消され、佐藤のボレーは榎本哲也のビッグセーブで防がれたが、勢いは止まらない。
66分、想いは再び、結実する。主人公は、澤山さんがいつも気にかけていた19歳コンビだった。
塩谷から青山と、気持ちを込めたボールは、野津田へと託された。ドリブル、さらにドリブル。野津田の視線は同期の動き出し、それだけに集中していた。
拓磨が動いた。ここだっ。
GKとDFの間、狭いスペースへ巻き込むようなスルーパス。追う中澤佑二のその裏から飛び出した浅野、まさに疾風。あっと言う間に中澤を抜き去り、迷いなくシュートを放った。ネットが揺れたと同時に19歳のヒーローはサポーターの元へとダッシュ。追いかけて抱きしめたのは、自他ともにライバルと認める背番号24だった。
森保監督就任以来初めてとなる対横浜FM公式戦勝利は、シュートでも得点機の数でも大きく上回った完勝劇だ。キャンプから準備していたゾーンを高くするやり方が功を奏し、若者が結果を出せたことがFUJI XEROX SUPER CUP連覇につながった。柏好文や森崎和幸、高萩をケガで欠きながら優勝は、広島の選手層が厚みを増したことの証明である。
クラブは観戦していた澤山さんのご遺族を招き入れ、彼女の写真と共に優勝記念撮影を行った。高萩が優勝メダルをかけた遺影の中の澤山さんは、本当に美しい笑顔だ。
「私が試合を見ると勝てないのよ」と言って、ホームでの試合中もずっと受付に立ち、VIPの対応に追われていた澤山さん。あなたの息子たちは、ほら、あなたが見ている前で立派に戦い、そして勝利してくれましたよ。感じて頂けましたよね、あなたに捧げた優勝カップの感触を。
これは、苦しい時も共に過ごし、共に戦い、共に泣いてくれた、あなたの優勝なんですよ。
以上
2014.02.23 Reported by 中野和也
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