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【toto情報】コラム:スタジアムへ、スタジアムへ。僕たちの誇りが、そこにいる。(13.10.04)

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2013年10月3日、広島は一人の男の前に、揺れた。
前田智徳、引退。
全国のスポーツニュースでも、異例とも言えるほど長い時間を割いて、広島が育てた文字通りの「天才」バッターの引退を報じた。まして広島は、朝からずっとそのニュースで持ち切り。前日の夜からスタジアムには列ができ、3万3000席の入場券は売り切れ。チケットを求めてたくさんの人が動いたが、その多くは徒労に終わった。誰もが、前田智徳ラストゲームを、自らの体験として共有したがっていた。

totoコラムなのに、野球の話で申し訳ない。ただ、広島のスポーツ界にとって、前田の引退はやはり「事件」なのである。
美しいフォームから繰り出される鋭くて意思を持った打球。センターの深い位置から一気にホームに投げつけ、ランナーを突き刺した守備。黒豹のようなしなやかさで塁間を駆け回った走塁。イチローや落合博満から「天才」と称され、松井秀喜からは「あこがれの存在」と言われた偉大な才能。しかし1995年のアキレス腱断裂によって、前田は野球に携わる技術者として、その本質を失った。1997年の春、僕にとって最初で最後の「前田智徳インタビュー」を行った際、彼はこんな言葉を発している。
「あと少しで(打撃の理想が)つかめそう。そんなところまでは、来ていた。でも、ケガをしてしまった後、身体が僕に教えてくれたんです。(お前は)ここまでのレベルなんだ。これ以上やれば、身体が壊れてしまうだけだ、とね」
しかし、彼の偉大さは、実はケガをしてからの姿にある。自らを「もう終わった選手」と言い放ち、「理想を求めるなんて厚かましいこと、そんな力もないのに言えない」などと言葉を連ねつつ、一方で激しく厳しい努力を重ねた。治らないアキレス腱をかばいつつ、ケガから復帰した1996年以降の3割到達は実に8度。2007年には通算2000本安打に到達し、生涯打率は.302。この数字は、偉大なる王貞治をも上回る。だが、本質的には、そんな数字など副次的なものだ。
前田が抱えている痛み、悩み、苦しみ、その全てをカープファンは共有したいと願った。過去の自分の姿と現在との自分との格闘という前田自身にしかわからない孤高性を、美しいと感じた。愛おしいと心を震わせた。決してファンやメディアに愛想がいいわけではなく、インタビューにもほとんど応えない。しかし、それでも前田智徳は広島カープ史上希有と言っていい人気を獲得する。それは彼の生き様から炙りだされる、運命との皮肉な戦いを続ける人生の様を、ファンは愛したからだ。

サッカーに「スターはいらない」とよく言われる。確かに集団スポーツであるサッカーにおいて、「俺が、俺が」という振る舞いばかりが表に出る選手ばかりだとコンビネーションはとれなくなり、勝てる試合も勝てなくなる。そういう意味での「スターはいらない」は、正しい。しかし、スターとは創るものではなく、生まれるものである。前田智徳は、自身がスターになりたいなどと、断じて思ってはいない。しかし、彼の生き様と美しい技術がファンの心を魅了することを、止めることはできなかった。
サッカーにおいては、三浦知良(横浜FC)の人気もまさに「生まれたもの」だろう。ブラジルでの苦闘から成功、Jリーグでの爆発、欧州への果敢な挑戦。46歳の今も現役を続けるひたむきさ。そして何より、どんな苦境に立たされても自らを見失うこともなく、周囲への思いやりも忘れない人間性が、多くの人々を魅了する。横浜FMの中村俊輔もまた、円熟したプレーと厳しさを乗り越え続けることによって培われた深みが、多くの人々を引きつけてやまない。サンフレッチェ広島でいえば、それは佐藤寿人であり、そして森崎和幸や森崎浩司、青山敏弘といった選手たち。J2降格の屈辱やケガ、病気に苦しめられても何度も立ち上がり、這い上がる姿が、サポーターの愛を呼ぶ。

カープファンの誇り。それが、前田智徳だった。そして、Jリーグの各クラブにもまた「自分たちの誇り、俺たちのプライド」と呼べるスターがいる。技術だけでなく、その人生をひっくるめて愛される「彼」がいる。そんな「彼」に会うためにスタジアムに通うのも、一つのスポーツへの関わり方だろう。
今節のカードは特に優勝争いvs残留争いなど、技術だけでなく精神面の強さを推し量られるような組み合わせもあり、totoで成果を出すのも難しい。これはすなわち、2013年のシーズンが終盤にさしかかってきたことを指し示す現象である。言葉を変えれば、心の中にある「僕たちのスター」に声援を送る機会が、今年は数えるほどになってしまった現実も、突きつける。
今こそ、スタジアムへ、スタジアムへ。
そこに行けば、「彼」は、やってくる。

以上

2013.10.04 Reported by 中野和也(広島担当)
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