PK戦までもつれこんだこのゲーム。勝利を引き寄せたのはコンディション不良でベンチスタートとなった本間幸司に替わって、ゴールマウスを守った若き守護神だった。PK戦終了後、歓喜の渦を離れると、笠原昂史はバックスタンドのサポーターに向かって何度も何度も両手を挙げてガッツポーズを繰り返した。

120分の激戦を終え、PK戦に突入した。トスで勝った愛媛が先行を選択すると、笠原はゆっくりとゴールマウスに向かった。そして、キッカーが準備する前に一度ゴールネットのところに行き、そこから前に出てきてゴールライン上に立った。「一度後ろに下がってゴールを広く見せておいて、前に出れば少しはゴールが小さく見えるかなと思って」と笠原は言う。1本目はコースを読みながらも決められてしまったが、それでも笠原は「相手のペースで蹴らせないように」細かな駆け引きを続けた。

2本目のキッカーの際には一度ボールの近くまで歩み寄り、キッカーにプレッシャーを与えた。そして、相手の動きを読み切って、左に飛ぶと、ボールは笠原の方向に飛んできた。長いリーチを生かして左手でボールをはじき出してみせた。

これで優位に立った水戸。さらに笠原はチームを救う「駆け引き」に成功する。4本目のキッカーの際、わざと右寄りに位置取り、左に蹴らせるように仕向けた。すると、笠原の思い通り、オズマールは左に蹴ってきた。これを止めないわけにはいかない。しっかりとボールをはじき、勝利をグッと引き寄せた。その後、4人目の石神幸征が冷静にゴールを沈め、水戸が勝利を決めた。

歓喜に沸く選手たち。最後のキックを成功させた石神に向かって走り出したものの、目の前で方向転換。この日のヒーローと抱き合って喜びを分かち合った。「PKを止めることに集中しました。勝ててよかったです」。昨年の天皇杯2回戦に続き、PK戦勝利の立役者となった笠原は満面の笑みを見せながら、喜びをかみしめた。

チーム事情により、両チームともにリーグ戦から大幅にメンバーを入れ替えて臨まざるを得なくなったが、「試合に飢えた」（柱谷哲二監督）選手たちの高いモチベーションがぶつかり合う激しいゲームとなった。ともにミスが多く、決していい試合内容だったと言えるものではなかったが、それでも選手たちは勝利への執念をむき出しに120分戦い抜いた。

前半、水戸が中盤で面白いようにボールを動かし、愛媛を翻弄し、23分にセットプレーの流れから三島康平がゴールに押し込み、先制する。その後も圧倒的にペースを握り、次から次へとチャンスを作り出した。しかし、愛媛もゴール前に人数を固め、粘り強い対応を見せる。前半を1失点で切り抜けると、後半はシステムを3−4−3から3−5−2に変更。トップ下の選手が水戸のワンボランチ内田航平をケアしたことで、水戸のパスワークを遮断することに成功。息を吹き返した愛媛は、48分にロングボールのこぼれ球を拾ったオズマールが豪快なシュートを突き刺し、同点に追いつく。

その後は一進一退の攻防。水戸はポゼッション、愛媛はカウンターという両者のストロングポイントを出し合いながら、ゴールを狙い続けた。しかし、両チームともに決定力を欠き、試合はPK戦へともつれ込んだのであった。

時の運とも言えるPK戦。しかし、この試合においては、水戸が勝つべくして勝ったと言える。前述の笠原の活躍に加えて、120分戦い終えた選手たちの表情が愛媛とは異なっていた。両チームともにこれまで出場機会に恵まれなかった選手が多く起用されることとなっただけに体力面が心配された。案の定、愛媛の選手たちは試合中から足をつる選手が続出。120分終わった時、立ち上がれない選手が何人もいた。しかし、水戸の選手たちは1人も倒れ込む選手はいなかった。その差はPKでのわずかなキックの精度の差に出た。GKに止められた愛媛の2本のシュートは甘いコースに飛んでしまったが、水戸のシュートはいずれもGKの届かない位置に突き刺さった。120分戦い抜いてもしっかりと足を振り抜くことができたことが勝利を引き寄せるもう一つの大きな要因となったのだ。

「これまで頑張ってきた成果です」と内田が語るように、チーム全体が柱谷監督の厳しいトレーニングで鍛えられてきたことを証明する勝利。「トータル的な力はあると思います」と柱谷監督が胸を張ったように、この試合で得た「総合力」に対する自信を胸に水戸はリーグ戦残り10試合、そして天皇杯3回戦に挑む。

以上

2013.09.08 Reported by 佐藤拓也