それは試合開始直前のことだった。選手たちの前にジーコが姿を現す。トニーニョ セレーゾ監督が試合の指示を終えるとジーコが口を開いた。
「20年前、鹿島アントラーズができて俺たちは初めてここで試合をして勝った。あそこで始まった伝統がいまここまでになった。これからはお前たちがこの伝統を守っていかないといけない。今日の試合は絶対に負けるな!」
中2日での試合は選手たちの足を重くさせていたが、この言葉で力を得る。円陣を組むと、キャプテンの小笠原満男が最後に全員に語りかけた。
「ジーコが来てるんだから、絶対に負けられないぞ!」
その言葉通り、絶対に負けたくないという闘志を剥き出しにした試合が始まった。
とはいえ、いきなり圧倒できるほど名古屋は甘い相手ではない。鹿島のバックラインに高い位置からプレスをかけ、ロングボールを蹴らせようとする。当然ながら名古屋は田中マルクス闘莉王、増川隆洋が最終ラインにおり、鹿島はダヴィを欠いている。高さの面ではかなり不利となり押し込まれる時間帯が続いた。しかし、右サイドで起点をつくるようになると反撃を開始。大迫勇也、柴崎岳がゴール前でチャンスを迎え怒濤の攻撃を見せた。
ところが、先制点は名古屋にもたらされる。24分、右サイドを田中隼磨が駆け上がり、中央のケネディがDFを引きつけると逆サイドにいた小川佳純がフリーに。なかに絞っていた西大伍が急いでマークに戻ったが、小川が落ち着いてゴールに蹴り込み名古屋が先制点をあげた。この場面、藤本淳吾が引いてパスを受けようとしたところに中田浩二が付き、それと入れ替わるように田中がサイドを駆け上がったが、マークに付くべき野沢拓也は反応できなかった。これまではそうした守備の綻びが見られなかっただけに、中2日の疲労が残っていることを感じさせた。
だが、意気消沈してしまいそうなチームを遠藤康が救う。
「ヤスの得点が大きかったですね。あれでまたみんなが勇気を取り戻すことができました」
岩政大樹が絶賛する得点で鹿島が息を吹き返した。
起点になったのは小笠原。名古屋のボランチの背後に遠藤が侵入したのを見逃さず、縦に強いボールをズバッと入れる。これをうまくトラップした遠藤は闘莉王、増川をかわしてゴールに流し込み、鹿島が前半で同点に追いついた。
後半は一進一退の攻防が続いた。しかし、セレーゾ監督の交代策が流れを大きく変える。この日、調子が悪く攻撃面でブレーキになっていた本山雅志に代えて中村充孝をピッチへ送り出す。そして、田中隼磨の攻撃参加に悩まされていた野沢を、トップ下に移して守備の負担を軽くし、田中にはフレッシュな中村をぶつけたのだ。これで攻守両面の問題点が一気に解決され、試合の流れが鹿島に傾いていった。
そして66分、柴崎が鋭い反応からボールを奪うと、そのまま前にドリブルでボールを運びチャンスをつくりだす。ゴール左に大迫が開いており、そちらにパスをすると思った瞬間、柴崎が選択したのは左からゴール中央に走り込んだ中村。名古屋の守備陣もこの意表を突いたパスに反応することができず、キーパーと1対1になった中村は落ち着いてニアサイドに流し込み、うれしい移籍後初ゴールを決めるのだった。ファン・サポーターも長らく待ち望んだ得点だっただけに、スタジアム中が歓声に包まれた。
さらに、この祝賀ムードに大迫がダメを押す。90+4分に、ふわりとゴール前に上がったボールを絶妙なトラップから流れるようにゴールへ向き直り、DFに対応する時間を与えないままゴールを奪ってしまった。大迫はこの日が誕生日。うれしいバースデーゴールとなった。
名古屋はこれでリーグ戦4連敗。良い時間帯があるにも関わらず、急にチームが崩れてしまうのは、勝っていない自信のなさが影響しているようだ。「いまはとにかく勝点」という闘莉王の言葉が切実に響いた。
鹿島は中2日という厳しい日程にも関わらず、相手よりも運動量で勝り、団結・結束というジーコ以来の伝統を力強く見せつけた。小笠原が中盤を締め、若い選手たちがゴールを奪う。その躍動にサポーターが声援を送る姿は、「若い選手というのは支えや声援が必要なものです。できればつねに選手たちを支え、彼らが自信を持って良い環境でプレーできる雰囲気をつくり続けてもらえたらと思います」というジーコの言葉そのまま。
鹿島が御前試合で強さを見せ、3-1で名古屋を下した。
以上
2013.05.19 Reported by 田中滋
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