Jリーグが開幕した当時、その舞台で戦い、地元に元気や夢や、活力を与えてくれるチームは、九州にはまだ無かった。横浜フリューゲルスの特別活動地域のひとつとなっていた熊本では、年に1、2度の公式戦が行われていたとは言え、あくまでそれは非日常のイベントに過ぎず、「我々のチーム」を後押しするという機運は薄かった。それから15年の時を経た2008年、熊本にもJクラブが誕生。地元チームのホームゲームは今や、暮らしの中で欠かせない日常の一部となり、さらに言えば、見るものの1週間の気分さえ左右しかねない影響を持つまでになっている。あらためて、Jリーグ20年の歴史を感じるのと同時に、熊本にJクラブをつくろうと奔走した人々の苦労を思う。
そうしたメモリアルウィークをホームで戦う熊本が迎えるのは、熊本同様、既存クラブを母体として地元の熱でJリーグの舞台へ上がってきた栃木SCだ。J2への参入は熊本から1年遅れをとり、JFLでの2シーズンも含めた戦績は熊本の8勝1分4敗となっているが、智将・松田浩監督が就任5年目を迎えてチーム戦術も浸透。前節はアディショナルタイムに失点して1年目の長崎と引き分けたものの、シーズンの1/3を終えて昇格プレーオフ圏内をキープしている状況は、Jリーグ5年目としては十分賞賛に値する成績だろう。
その栃木について、松田監督と同い年でS級取得の同期でもある熊本・吉田靖監督は「攻撃でも守備でも戦術が統一されていて、J1に上がれる戦力を持ったチーム」と評し、現在の順位についても「実力通り」と認める。なかでも特徴として捉えているのが、リーグ2位の失点の少なさを誇る堅牢な守備だ。「(栃木は)相手によって来る時は来るが、落ち着いた状況ではしっかりブロックを作るので崩すのは難しい。基本的なことは変えない中でも、攻撃にバリエーションをつけないといけない」と話し、やはり強固なブロックを崩しきれなかった前節の岐阜戦を踏まえ、今週は栃木のディフェンスラインを動かすことを焦点としたトレーニングに時間を費やした。
ポイントとなるのは、サイドチェンジを有効に使って左右に揺さぶり相手の距離を広げながらも、タイミングを逃さずに「ブロックの中に入る」(吉田監督)回数を増やせるかという点。「相手のバランスを崩すために自分たちも動いて、どこでフリーマンの状況を作るか」と藤本主税が言うように、攻撃においても「いい意味で」バランスを崩すこと、そしてそこへボールをつけていくリスクを積極的に選択する姿勢が求められる。さらにボックス内でどれだけ前を向けるかも鍵。「ペナルティエリア内での仕掛け、相手にとって怖いプレーを増やしたい」と齊藤和樹。加入直後から輝きを見せている堀米勇輝、その堀米とのコンビネーションで得点に絡む機会が増えた仲間隼斗ら、若い選手たちのアグレッシブなプレーで、栃木の守備ラインを混乱させたい。
そして試合を優位に進めるには、言うまでもなく先に失点しないことが重要となる。前節長崎戦での栃木のゴールシーンを見れば、廣瀬浩二の前線からの守備によるボール奪取と、それに呼応した周囲のサポート、クリスティアーノの技術という1点目、そしてカウンターからの展開と杉本真の好判断で奪った2点目と、組織と個の技術の組合せからスピードを生かして結んだもの。ラインを高く上げて全体をコンパクトに保ちたい熊本にとって、攻撃時の安易なボールロストは鋭いカウンターを受けるリスクに直結する。「前節は簡単に奪われることが多くてラインを押し上げられなかったので、マイボールを確実につなぐことが大事。ビルドアップの部分では近いところにつけるだけでなくて、状況を見て遠い場所にいるFWに入れることも合わせてやっていきたい」と吉井孝輔。試合の流れによってはお互いに意図してロングボールを織り交ぜる時間帯も出てくると思われるが、システム的にもマッチアップする以上、「球際やセカンドボールの争いなど、個の部分の勝負」(養父雄仁)も大きな争点となろう。栃木はスタメンも強力だが、ここまで6ゴールのサビア、元日本代表の三都主アレサンドロら決定的な仕事のできる選手がベンチにも控えていることを考えれば、仮にリードを奪ったとしても最後まで「粘り強い対応」(吉田監督)を続けなくてはならない。
一方、栃木にとっては、昇格プレーオフ圏にいるとはいえ圏外との勝点差も大きくは開いておらず、前節「失った」2ポイントの痛手を最小限に留めるためにも勝って帰りたいゲーム。愛媛戦の完敗を受けて原点に立ち返り、先発に起用された杉本が結果を残した点もふくめて「コントロールできた試合」(松田監督)だった前節だが、勝ちきることはできなかった。メンタルの立て直しも合せ、リカバーする力は上位争いを続けていく中でも不可欠な要素。この一戦ではその点も問われるだろう。
ともにそのルーツを辿れば、地域リーグからJFLという階段を踏みしめてJリーグに加わったチーム。地方から日本の頂点、さらには世界へという同じ将来像を描く同志が、地元の誇りをかけてぶつかる。
以上
2013.05.18 Reported by 井芹貴志
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