等々力が「劇場」の冠を戴き、サポーターからそう呼ばれ親しまれていたのはいつ頃だったか。その「劇場」の冠がいつの間にか無くなってどれくらい経ったのだろうか。そんなことを思うほどに、等々力劇場は過去のものと化していた。だからこそ、懐かしいその感覚を思い出しながら、山本真希の後ろ姿を追いかけた。清水ユース時代から飛び級でトップチーム入りしプレーしてきた山本は、25歳にして老成した風格を漂わせる選手だ。その山本が、ゴールの喜びを爆発させてサポーターの陣取るGゾーンへと走り寄る。1点を勝ち越した事実と共に、ニヤけながらその姿を愉しんだ。
等々力が劇場化したのは87分のこと。スタジアムを埋めた観客の視線は一点に集中していた。両チームのサポーターが正反対の思いを交錯させ、その思いが集約した先には、ボールをコントロールするレナトの姿があった。
終盤を迎えた試合は、83分の藤本淳吾のゴールによって1−1の振り出しに戻っていた。
「ジョシュアが落とすのは、もらいに行っていたのでわかりました。弱いパスだったからシュートを打てというメッセージでした」とその場面を振り返る藤本はポストに入ったケネディからのラストパスを受ける。利き足とは逆の右足だったことで丁寧に狙ったと言うコントロールされたシュートが、ゴールニア上に突き刺さった。
試合終盤の同点ゴールは、当然のごとく名古屋に力を与える。大久保嘉人は「今日は勢い的には逆転されてもおかしくない展開でした。あの時間帯でしたし」と話し、逆転される危険性を感じていたという。また田中裕介はこのゴールによってどう戦うべきかを自問していたという。
「こういう試合はバランスが難しいんですよね。追いつかれた時、攻めていいのか、このままドローでいいのか。相手の勢いもありますしね。押されて押されて取られたので、相手はそのまま来る。勝ちに来る」
「勝点1でいいのか。それとも絶対に3なのか。3を狙いに行って、0になる危険性は?」そんな迷いがピッチ上に蔓延しつつある中、ベンチがメッセージを送る。交代采配に載せたそのメッセージを言語化するとすれば、こんな言葉だったはず。「ここは等々力だぞ。勝つに決まってるだろう、お前ら!」と、たぶんそんな強気なメッセージだ。迷いの中に居た田中裕介が振り返る。
「でもそこでレナトが入ってきたのはメッセージだったというか、もう1点取りに行くんだというね(ベンチからのメッセージだった)。レナトが入ってくれたから俺らも勇気づけられた所もある」
失点の直後にはピッチ脇で準備を始めたレナトは、プレーが途切れた86分に小林悠に代わりピッチに立へ。そしてその1分後に大きな仕事をした。ベンチのメッセージそのままに、相手陣内でドリブルを仕掛け、利き足とは逆方向に切り返すとルックアップしてパスコースを探す。
「中にはケンゴが入っていて、ケンゴが呼んでいたんですが、その後にマサキが入ってきてて、呼ばれたので、そこを使いました」
レナトはあの瞬間にこれだけの情報を処理し、そして山本にラストパス。ミドルシュートが持ち味の山本が、これを名古屋ゴールにねじ込んだ。
「レナトのドリブルに相手が寄って行ってくれて、そこのコースが開いていました。夜露でシュートもひと伸びしてくれて決まりました」
追いすがる名古屋を突き放すゴールによって沸き返る等々力は、山本がコールリーダーとの約束を履行するゴールパフォーマンスによってそのボルテージを上げる。
ペースを掴みながら勝ち越し弾を喫した名古屋は、4分のアディショナルタイムをフルに使い、川崎Fゴールを目指した。90+1分のケネディをターゲットにしたクロスの場面に続き、90+4分には、ゴール前で得たFKを小川佳純が狙うがポストを叩いた。名古屋は取れそうで取れない2点目に手が届かないまま、試合終了のホイッスルを聞いた。試合終盤の厳しさを乗り越えて、川崎Fが勝点3を手にした。
それにしても、劇的な展開だった。前半の川崎Fは矢島卓郎がポストを。大久保がクロスバーを叩くシュートを1本ずつ放つなど優勢に試合を進めながらも無得点のままハーフタイムを迎えようとしていた。名古屋の戦いの特徴でもあるのだが、個人能力が高い選手を揃えているがゆえに守備はルーズになりがち。だからこそゴール前には広大なスペースが広がり、川崎Fはそこを自由に使うカウンターを何度も打てた。それによって結果的に体力を消耗し、後半の劣勢につながった。リーグ戦9試合で2試合目となる先制点を前半終了間際の45+2分に小林が決めたまでは良かったが、2点目、3点目を取れていておかしくはない展開だっただけに。そして後半に名古屋からの攻勢をまともに受けたこともあり、決めるべき所できちっと決めなければならないのだということを改めて認識させられた試合だった。
もちろん、勝利とともに収穫はあった。風間八宏監督は試合後の会見で「今日は選手が積極的にボールを受けてくれたと思います」と選手の労をねぎらっている。パスを引き出す動きが連続することで、相手陣内深くまで攻め込める展開は前節からは見違えるものがあった。ただ、全体をコンパクトにして、その結果として相手のミスを誘発させた仙台戦とは違い、名古屋の自滅に助けられた前半だったように思う。反撃を受けた後半の戦いも不満が残る。名古屋の反撃は激しいものがあったが、これまで磨いてきたパスワークでいなし打開してほしいとの思いは募った。一度ペースを奪われるとそのままズルズル行ってしまう悪弊は直す必要があるものだ。
ただ、それにしても、劣勢にあってもベンチからのメッセージによって選手たちは勇気をもらい、そして川崎Fにとって大事な場所である等々力でしっかりと勝点3を手にできた意味は大きかった。試合後の選手たちは過密な日程を念頭に、気持ちを次戦へと切り替えていた。油断を排しつつ自信を掴み、それを確信に変えていく。この勝ち星がそのきっかけになることを願いたい。
以上
2013.05.04 Reported by 江藤高志
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