ここぞの場面で、足の回転数を一気に上げた。後を追うDFには、背中の18を見せ付ける。ゴツゴツと隆起した全身の筋肉を動かしてお構いなしに加速した。米本拓司からのボールを相手GKの鼻先で交わすと、ふわりとボールが浮いた。
「打った瞬間から入れ、入れって思っていた」
石川直宏はボールの行き先を見届けると、両手を広げてホーム側のゴール裏へと駆け出した。その後ろでは、パスを出した米本が右手を高々と上げて拳を握った。そして、味スタが沸く。
この石川の81分のゴールに途中出場の渡邉千真が続いた。終了間際にハーフェイラインからドリブルで独走し、GKも交わしてネットを揺らした。F東京がヤマザキナビスコカップ準々決勝第2戦で仙台に2−0で快勝。2戦合計4−2で3年ぶりの準決勝進出を果たした。
派手な2ゴールには、コツコツと積み重ねた地道な演出が隠れていた。試合開始から2センターバックと、ダブルボランチが上手く形を変えながらボールを動かした。それぞれがポジションを取り直し、パスの選択肢を増やしていく。時間をかけて体勢の良い選手をつくり、そこから縦にボールを供給した。そうやってプレスを掻いくぐって両サイドバックを押し上げる時間もつくった。
さらに、安定的なビルドアップに、サイドチェンジを上手く絡めた。一方のサイドに相手を寄せてから反対側のサイドに向かってピッチを斜めに横切る大きなパスも使った。この丁寧なボール回しが、仙台を守備に奔走させて終盤に自慢の足を止めた。それが勝利を決定付けた一因となった。
ただし、仙台の誤算もそこに手伝った。手倉森誠監督は試合後に、この日のゲームプランを明かした。「0-0で推移しながら、最後にアタッカーを入れて勝負を仕掛けていくゲームプランだった。DFにけが人が出てしまい、それが少し薄れてしまったところは正直言ってある」。前半41分に、この日、右サイドバックで先発出場した田村直也が負傷退場した。本来であれば、勝負どころだと考えていた後半に、田村を中盤のアンカーに置いて梁、松下を1列上げて攻撃に人数を割く手筈だった。それが一気に崩れた。残しておきたかったカードも前半から守備に使ってしまい、さらに重要な役割を担うはずだった田村も同時に失ってしまった。
余力の差も出た結果だった。F東京は、敵将が勝負どころと踏んでいた終盤にかけて梶山陽平、ルーカス、渡邉を投入してギアを変えた。対する仙台は奥埜博亮を入れて中盤を厚くし、踏みとどまって終了間際の一発勝負に懸けていた。だが、先制点を許し、前掛かりになったところに渡邉の一発を浴びてしまった。チーム全体の足も鈍っていたことで、最後は力で押し切られてしまった。
ヤマザキナビスコカップの準々決勝敗退は決まったものの、リーグでは首位を走っている。けがから復帰した上本大海がフル出場できたことは仙台にとっては朗報だ。「悔しさは必ず糧にしなければいけない」と手倉森監督は週末のリーグ戦に向けてすでに気持ちを切り替えていた。
これから夏を折り返す。F東京は、7月7日のリーグ第17節以来となる白星を完封勝利で飾った。負傷者続出で苦しんできた7月に終わりを告げ、燦々と太陽を浴びて生長する真夏が始まった。移籍後初先発したエジミウソンや、けがから復帰した梶山の体調も上がってきている。米本は出色の出来だった。石川は新たな形を掴みかけている。ほかにもオッと思わせる形が見えてきた。実りの秋は、まだ遠い。一筋縄ではいかないところがこのチームらしいが、重たくなっていた頬のあたりの筋肉が少しばかり緩んだはずだ。ただし、やることは変わらない。「一つひとつ目先の試合で全力を尽くす」(ポポヴィッチ監督)。その少し先に待っている満開の笑顔を咲かせるために、F東京はフォルムを変え始めた。
以上
2012.08.09 Reported by 馬場康平
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