大前元紀のPKを、西川周作は一度は弾いた。だが、そのこぼれが大前の足下にこぼれてくる。千葉和彦が必死にカバーしようとするも、再び大前が蹴ったボールはそのままネットの中へと転がっていった。
清水の幸運、広島の不運。しかしそれは、サッカーの神様が試合内容を吟味し、それにふさわしい結果を与えたということ。広島、自滅。この試合を表現するのは、この言葉がもっともふさわしい。
開始早々、左サイドを崩した清水航平のクロスを佐藤寿人が押し込み、あっさりと先制。エースの広島でのJ1通算100得点(同一クラブでの100得点は史上4人目)のメモリアルで勢いに乗るかと思われた。
だが、いつもの4−1−2−3ではなく4−2−3−1にして中盤の守備を分厚くした清水に対し、広島はボールをつなげない。運動量は見る影もなく、パスはことごとく清水の守備網にひっかかり、試合の主導権を握れない。
ただ清水もゴール近くでのプレーに精度を欠いたこともあって前半は1−0のまま。56分、森崎和幸のロングパスに反応した石川大徳の突破に後手を踏んだ李記帝が2枚目の警告で退場すると、ようやく広島がペースを握り返したかに見えた。しかし、そこに落とし穴が潜んでいたのである。
清水・ゴトビ監督は、この試合では常に早めの仕掛けを行ってきた。後半開始から河井陽介を右サイドバックに下げ、高木俊幸を左ウイングに入れてより攻撃的な布陣にチェンジ。退場者が出ると、前線ではつらつとしたプレーを見せ続けていた石毛秀樹を左サイドバックに下げ、さらに高原直泰・白崎凌兵とフレッシュな選手を次々と入れて前線を活性化。その交代選手たちが機能し、清水に10試合ぶりの勝利をもたらすこととなる。
80分、森崎浩司のパスを受けた森脇良太がそのまま前線にあがる。だが清水は、石川のクロスをカットすると、そのままカウンターに移行。白崎のパスが高木に通った。左サイドをドリブル。森脇のあがった後のスペースは青山敏弘が埋めていたが、高木のシュートがその青山に当たってコースが変わり、そのままネットへ。第2節、カウンターから高木のシュートが森脇の足に当たって決勝点となったシーンを彷彿とさせた。さらにその4分後、またもカウンターで左サイドを駆け上がった高木が、絶妙の切り返しで森脇のファウルを誘ってPKを奪取。数的不利な状況下で見せた清水の速攻が、首位・広島を沈没させた。
広島は最後まで、ギアがあがらなかった。紫の軍団を首位まで押し上げたのは、緩急の使い分けによるパスワーク。だがそれは、選手個々がしっかりと走り、サポートの動きを繰り返すことで成立する。しかしクラブ創設20周年を祝う記念試合での広島には、いつもの動きの量も質も、存在しなかった。
「(運動量のなさは)コンディションの問題や(首位の)プレッシャーなどではない。試合開始早々の得点でほっとしたのか、逆に足が止まった。安心して『楽にやろう』と考えたのか」と森保一監督は表情をゆがめる。森崎和幸は「チームとしての未熟さ」と表現し、佐藤寿人が「経験のなさ、甘さ、油断」と指摘したことも、突き詰めれば同じことだ。
ただ、いつものパスワークができないながら広島は1点リード、数的優位にも立っていた。さらに清水も、前半からのアグレッシブな闘い方が影響したのか「彼らも疲れていた」(森崎和)ことも現実。だが、広島側に闘い方を落ち着かせる余裕がなく、2点目を狙いにいく中でリスク管理に問題を抱え、数的不利な状況の相手にカウンターの隙を与えてしまった。「自滅」という言葉がふさわしい敗戦だった。
もちろん、清水が9試合勝利なしの苦境を打破しようと粘り強く闘ったことが、広島の自滅を誘発したことは間違いない。特に、ゴトビ監督が称賛したように、ヨン・ア・ピンや平岡康裕、杉山浩太の3人が中央の守備を引き締めた活躍は見事。幸運もあったが、それはオレンジの戦士たちの頑張りが引き寄せたもの。堂々たる逆転勝利だった。
「一番、やってはいけないシナリオ」(森崎和)を演じてしまった広島の選手たちには、蓄積された疲労を感じる。だが、この苦境を乗り切らなければ「テッペンはとれない」(佐藤)。1993年ファーストステージ、鹿島との首位決戦に敗れたことをきっかけに広島は5連敗。優勝争いから脱落してしまった。しかし翌年、対V川崎(現東京V戦)で0−5と完敗、2戦後の清水戦でも敗れ3位に転落したものの、そこから8連勝を飾ってステージ優勝へと一気に加速した歴史もある。
2012年の広島を待っているのは、1993年かそれとも1994年か。その運命を切り拓くのは、選手たち自身だ。
以上
2012.08.05 Reported by 中野和也
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