86分、交代を告げられ、ピッチから一歩出た瞬間、岡本達也は今までの鬱憤を晴らすような声にならない雄叫びをあげた。「努力は裏切らない」。岡本の姿からそんな言葉が浮かびあがった。
10試合ぶりの先発出場を果たし、チームを勝利に導く2得点を挙げた岡本。先日のJ2日記に書いたように、不遇の日々を乗り越え、ストライカーとして一回り大きくなってピッチに立った。ゴールの予感がプンプン漂う岡本が加わったことで、チームは化学反応を起こしたのであった。
これまでの水戸は中盤でボールを動かしてチャンスを作るものの、ゴール前の人数が少なく、ゴールを決め切れないことが多かった。それは開幕からスタメンを張ってきた鈴木隆行と橋本晃司のいずれもストライカータイプの選手ではないということが影響していた。鈴木隆はポストプレーやサイドに流れて起点を作る動きを得意とし、橋本はMFが本職のプレーヤー。これまで純然たるストライカー不在の状態で戦ってきたのだ。この日左MFでプレーした橋本が「自分がFWでプレーしてきた時、下がってしまって、相手を守りやすくしていたのかもしれない」と振り返ったように、ゴール前の迫力不足がチームの課題であった。
ただ、最近になって三島康平が怪我から復帰、さらに吉原宏太もコンディションを上げてきた。そして、岡本が大きく成長し、練習や練習試合でコンスタントにゴールを奪えるようなった。ストライカーが一気に台頭してきたことで、今節ついに柱谷哲二監督は橋本を本職のMFに移し、岡本をFWで先発させるという決断を下したのだ。
それによって、水戸の攻撃は迫力を増した。開始8分にミスから失点を喫すものの、「焦りはなかった」と小澤司が言うように、水戸はいつも通りスピーディーにボールを動かし、福岡のプレスをかわしていった。20分以降は完全に水戸のペースとなり、再三チャンスを作り出す。しかし、チャンスを決め切れないまま前半を終えてしまう。
だが、ハーフタイムに柱谷監督が選手たちに伝えたのは「言うことない。とても良い」ということであった。先制されながらも、焦ることなく、攻撃を作り出すことができている。さらにゴールに迫ることもできている。「これだったら点は取れると予感があった」と柱谷監督は胸を張って選手たちを後半のピッチに送りだした。そして、その通りとなる。
58分、ペナルティエリア前の混戦から抜け出したロメロ フランクがシュート。ポストに直撃して跳ね返ったボールを「味方がシュートを打つ時は必ず詰めると決めている」岡本が胸で押し込んで同点に追いつく。そこから堰を切ったかのように水戸のゴールラッシュが始まった。63分には岡本のミドルシュートのこぼれ球をフランクが押し込んで逆転にすると、69分には橋本がミドルシュートを突き刺してダメ押しゴールを決める。さらに水戸の攻勢が続き、82分、小澤からのスルーパスに抜け出した橋本がGKと1対1の局面を迎える。そして、橋本は冷静に横にボールを出し、走り込んだ岡本が無人のゴールに流し込み、Ksスタ初となる4得点目が決まった。
スタジアムはお祭り騒ぎ。それは水戸が最高の内容を見せたことに対しての反応であったが、同時にこれまで出場機会に恵まれない中でも努力し続けてきたストライカーの開花をスタジアム全体が喜んでいたのだと思われる。岡本がピッチを後にする時、今までKsスタで聞いたことのないほどの大音量の拍手が贈られたのであった。
「努力は報われる」ということを証明してみせた岡本。だが、それは岡本だけではない。チーム自体、ゴールデンウィーク後、なかなか結果が出ない中でもぶれずに自分たちの戦いを貫いてきた。苦しい思いもしたが、その間の努力は必ずこれから報われることとなるだろう。苦しんだ分だけ人は強くなれる。水戸も、岡本も、ここからが新たなスタート。いよいよギアはトップに入った。
一方、福岡は悔しい逆転負けとなった。序盤こそ、勢いに乗って攻めることができたが、運動量が落ちてからはペースをつかむことができなかった。ここ3試合で10失点。まずは守備の立て直しが必要だろう。ただ、「今までで一番いい(試合の)入り方をした」と前田浩二監督が言うように、立ち上がりは最高のプレーを見せることができた。「あのサッカーをどれだけ長く続けられるかだと思います」(西田剛)と敗戦の中でも選手たちは少なからず自信をつかんだ様子。この苦しい時にどれだけ自分たちのサッカーを信じて、前進していけるか。それが必ず今後の力となることだろう。
以上
2012.07.23 Reported by 佐藤拓也
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