ほとんどスタミナは残っていなかった。それでも、第一子が誕生した大和田真史にゴールを捧げる、と宣言していた廣瀬浩二が足を止めることはなかった。

スイッチを入れたのは菊岡拓朗。自陣からクサビを高木和正に撃ち込む。ＤＦを背負いながら懸命に高木がボールを繋ぎ、内側へ返されたボールを絶妙のタイミングでパウリーニョがスペースへと配球。弾かれたようにサイドバックの赤井秀行が飛び出し、マイナス気味のクロスに対して棗佑喜がニアサイドで潰れ、最後はＤＦに当たって零れて来たボールを廣瀬浩二が蹴り込んだ。８０分、待望の先制点が栃木に生まれた。
「チャンスだと思ったら、どれだけ疲れていてもゴール前に顔を出す。きつい時は相手もきつい。きつい時にひと踏ん張りできれば、ボールを小突くこともできる。なかなかチャンスが来なくても、１回のごっつぁんゴールがあるかもしれない。だから、絶対にゴール前に走ることを心掛けている」
時には無駄走りになるフリーランニングも、味方が守りやすいようにパスコースを限定するためのファーストディフェンスも、黙々と労を惜しまずにこなす。報われないことの方が多いかもしれない。体力をすり減らすことで決定機での精度が落ちることもある。それでも、廣瀬はチームのために走り続ける。その姿を指揮官は見逃さない。だから、重宝する。
「献身的なハードワークをしてくれているところが、僕はゴールに結びついているんじゃないかなと。何回も走っていて、そのうちの１回が報われるというか。今日のゴールはまさしくそういうことだったのかなという気もする」（松田浩監督）
ハードワークの具現者に、サッカーの女神は優しく微笑んだ。耐えに耐えて最後にズブッと一刺し。自分達の持ち味を発揮してたぐり寄せた今季初の４連勝。そこに大きな価値がある。

「前半はかなりきつかった」と大和田が振り返るように、最初の４５分は４‐４‐２から３‐５‐２へシフトした町田が主導権を握る。ボランチの太田康介がボールをさばきながら栃木を振り回し、体力を削り取って行く。後ろで回しながら機を伺い、チャンスと見ればスピードに長ける平本一樹と勝又慶典の２トップを背後に走らせ的を絞らせない。２トップにトップ下の鈴木崇文が絡むコンビネーションでの打開も効果的だった。しかし、肝心のゴールはこじ開けられず。

ラインが下がり、ボールの奪い所が定まらず、奪ったボールを安易にロストした栃木。全くリズムが作れなかった前半から一転、後半開始早々にショートカウンターからチャンスを迎えると勢い付く。サイドバックが高い位置まで顔を出し、切り替えのスピードも上がった。流れを掴んだ所での交代カードも奏功した。棗が入ったことで縦への推進力が生まれ、西澤代志也はボールの循環を改善し、廣瀬のゴールを導き出した。最悪でも前半を０‐０で折り返せばいい。潔く割り切り前半を無失点で乗り切ったことが、勝点３を呼び込んだ。

「トータル的に見たら自分達が上回った時間帯があった」とオズワルド・アルディレス監督。プレビューではポゼッションが手段ではなく目的になっていると書いたが、今節の町田のそれはゴール方向へ向いていた。加えて、「監督もつなぐのが厳しかったら蹴ってもいい、と言うようになってきた」と平本が言うように、ロングボールを織り交ぜたことで効果的な攻撃が繰り出せた。勝つために、町田は新たな一歩を踏み出した。アルディレス監督は言う。
「結果さえ付いてくればいい道を歩めると確信している。近いうちに必ず結果は付いてくる」
その言葉は真実味を帯びていた。ただ、「いいゲーム、いいゲームと言うけれど、負けたら悪いゲーム。そこは勘違いしないように、厳しく細かいところまでこだわってやっていかないと、勝ちはついてこない」と田代真一。栃木戦で掴んだ手応えを無駄にせず、必ず次に繋げたい。

前節の鳥取戦も、今節の町田戦も内容は芳しくなかった。しかし、下位に苦戦したものの、勝点３は確実に稼いでいる。そこがこれまでとは大きく異なる。「上手く行って勝つ方が気持ちいいかもしれないけど、上手く行かない中で勝つのも気持ちいい。この勝利はデカイ。こういうゲームを取れると上に行ける」と、大和田は勝利の味をそう語る。どんな状況に晒されても無失点を貫く栃木独自のプランが崩れなければ、当然ながら負けることはない。打ち上げ花火のように一瞬の輝きに終止せず、この勢いを線香花火のように長く持続させたい。まだまだ、点いた火は消えない。

以上

2012.07.16 Reported by 大塚秀毅