森保一監督の口癖は「目の前の試合を大切に、一戦一戦を闘う」。この言葉は、選手たちの間に染み渡っている。まだシーズンの折り返し点も来ていない段階で、順位どうこうを意識しても仕方がない。それも真実だし、冷静な意見だ。

ただ、目先の結果、目先の順位に一喜一憂したいのも、またサポーター心理である。明日の大宮戦で広島が勝利し、仙台が浦和に敗れれば、紫の戦士たちは首位に立つ。広島のＪ１における首位は、2002年1stステージ第１節以来10年ぶり。順位変動が落ち着きを見せる第５節以降での首位到達であれば、1994年1stステージの優勝以来、18年ぶりとなる。なんと長い雌伏の時を、クラブとサポーターは過ごしてきたか。

だが、広島がそんな幸せを受け止めるには、大きな壁が立ちはだかる。ズデンコ ベルデニック新監督が率いる大宮の存在だ。

ベルデニック監督と広島の因縁は、実は決して浅くはない。2000年９月、市原（現千葉）の監督に就任した最初の試合（対Ｃ大阪）で、当時18歳だったルーキー・佐藤寿人を先発で起用。翌年の開幕戦（対磐田）でも先発させ、プロ初得点を導いた。さらに2003年からは仙台でも佐藤と共に戦い、翌年のＪ２で20得点を記録する彼のブレイクを見届けた。また森保一監督も、現役最後の年（2003年）をベルデニック監督が率いる仙台で過ごしている。指揮官とエース、広島を支える二人の人間性を熟知しているベルデニック監督が、対広島対策をどう構築してくるか。そこは、サッカーファンとして楽しみな部分でもある。何と言っても彼は横浜フリューゲルスのコーチ時代、「ゾーンプレス」の概念を日本に最初に持ち込んだことでも知られている戦術家。広島の特殊なスタイルに対し、特別な策を講じてくる可能性はある。

それに広島は大宮に対して、対戦成績（10勝2分4敗）が示すほど優位な闘いを見せてきたわけではない。実際、2009年に広島がＪ１復帰を果たして以降の広島ビッグアーチでの対戦では１勝２敗と負け越し、しかも２敗はいずれも逆転負けという厳しさ。2009年の対戦では開幕戦で横浜FMに４−２と勝利した勢いを逆手にとられ、カウンターとセットプレーから３点を失っての敗戦。2010年は徹底して右サイドを破られ、主導権を握られての苦杯。昨年は４−２で快勝したものの、大宮はラファエルや東慶悟ら主力が不在。前半で１人少ない状態になったこともあり、参考にはならない。
ちなみにアウェイでは2勝1分だが、2勝はいずれも1-0。引き分けも0-0で、3試合とも内容的には大宮が勝利してもおかしくなかった。「大宮はやりづらい」。それが、ここ３年間、広島側の肌に刻み込んだ印象である。

では、ベルデニック監督が仕掛ける「広島対策」とは何か。それはやってみないとわからないのが正直なところ。だが前節の試合後の記者会見で「守備」について言及していることから推察すれば、柏戦よりもさらにディフェンス重視、引き気味にブロックをつくってバイタルエリアのスペースを消してくる可能性が考えられる。リーグ戦ここ３試合で10得点をたたき出している広島の原動力である佐藤寿人・石原直樹・高萩洋次郎の１トップ２シャドーにスペースを与えず、より失点しないための戦術を選択するのではないか。
それに、大宮には「強力な個」が存在する。チョ ヨンチョルこそ出場停止だが、ラファエルや東、カルリーニョスら一騎当千の選手がズラリ。両サイドバックの下平匠や渡邉大剛にしても、攻撃能力の高い選手たちだ。彼らが新監督のもとで意識を統一し、強烈なカウンターを仕掛けてくれば、止めるのは難しくなる。

ただ、広島にも強固なブロックを突き崩す「切り札」が存在する。Ｃ大阪戦で３得点を演出したミキッチ、若者らしい溌剌さを見せつけた清水航平。両サイドに位置する二人のドリブラーは、独力で切り込み、狭いスペースでも決定的な仕事ができる力を持っている。右のミキッチのプレーは意外性に富み、左の清水の武器はミドルシュート。彼らのドリブルが大宮の守備ブロックを混乱させるようだと、広島には大きなチャンスがめぐってくる。

ここまで述べてきたように、大宮は広島にとって「やりづらい」相手だ。だが水本裕貴は、力強い言葉で決戦への想いを告白する。
「相手の能力は高いけれど、明日は僕らのホーム。いい試合を見せてサポーターに喜んでもらいたい。とにかく、勝ちたい」
2009年以来の４連勝へ、第５節以降では1994年以来となる首位に向かって、広島は難敵・大宮を迎え撃つ。明日の夜の降水確率は10％。雨の心配は、まずあるまい。

以上

2012.06.22 Reported by 中野和也