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声が、震えていた。
「選手全員、一生懸命トレーニングに取り組んでくれた。やるべきことをやるんだという姿勢を見せてくれた。その中で明日、(ベンチに入る)18人を……」
ここで、言葉が、詰まった。
「18人を……、選ばないといけない。全員をベンチに入れてやりたいんだけど……、それは……」
できない、と言った瞬間、森保一監督の瞳から何かがこぼれ落ちそうになった。そこを懸命にこらえ、彼は言葉を絞り出した。
「だから明日、試合に出る選手は、試合に出たくても出られない選手たちの想いを汲んで、ピッチに立ってほしい。我々を応援してくださる全ての人たちの想いを背負って戦ってほしい。それに応えるために、自分のプレーを100%出し切ってほしい。結束し団結して、勝点3をとるために、戦い抜いてほしい。いい練習はできている。キャンプでも成果をあげている。自信をもってやっていこう。今日、選手たちには、こんなことを話しました」
熱情を吐き出すような指揮官の言葉を聞きながら、1カ月以上にも及ぶプレシーズンの日々を思い出した。
沖縄・宮崎と続いたキャンプ。ペトロヴィッチ前監督が創り上げた広島の超攻撃的サッカーに守備のエッセンスを加える。そんな森保監督のコンセプトは、一方で「攻撃の良さ」が中途半端になってしまうリスクも抱えている。実際、宮崎キャンプの半ばまでは前線のコンビネーションがうまくいかず、広島サッカーの象徴というべき「3人目の動き」も機能しなかった。
また、昨年はほとんど公式戦に出場することのなかった若い選手たちは実戦感覚と自信を見失っていた。初めての練習試合、FC琉球を相手に自分たちのミスから4点を献上。失点の度に下を向き、縮こまっていく若者たち。主力との間に厳として存在する大きな実力差。ただただ、愕然とするしかない現実。
しかし、森保一という新人監督とコーチングスタッフは、激しく厳しいトレーニングを通して、選手たちと真っ正面から向き合った。コミュニケーションを密にとり、自分たちが向かうべき方向性を繰り返し訴える指揮官の姿。現役時代の実績に加え、兄のような親しみやすさを持った監督の存在が、選手たちの気持ちをオープンにさせた。「森保さんを男にしたい」という佐藤寿人の言葉も、「監督に初勝利をプレゼントしたい」という水本裕貴の想いも、そのまま選手全員の気持ち。いつしか攻撃のコンビネーションは整備され、練習試合では新戦力FW石原直樹も得点を重ねた。主力組は川崎F・C大阪らのJ1勢に勝利(主力組)し、厳しい試合が続いた若手組からも石川大徳・清水航平・大崎淳矢などの新星が台頭。さらに広島ユースのエース・野津田岳人も「開幕メンバーの候補に入っている」(森保監督)。今季、あと5得点でJ1通算100得点に到達する佐藤の「思った以上にいい仕上がりで、開幕を迎えられる」という言葉に、今の状況が集約されるだろう。
柏木陽介に続き、槙野智章も浦和に移籍。広島ユースから大切に育ててきた人材が浦和へ相次いで流出、さらにペトロヴィッチ前監督まで浦和に活動の場を移した現実。浦和に移籍した元広島の闘莉王(現名古屋)に散々点を奪われ、1999年セカンドステージ以降2009年8月22日に勝利するまで、8シーズンも浦和に勝てなかった。そんな負の歴史が生んだサポーターの悔しさが、今オフの移籍劇で大きく増幅された。広島ビッグアーチでは1994年チャンピオンシップ以来18年ぶりとなる観客3万人超え(約5000人の浦和サポーターを含む)が期待されるのも、この一戦が「因縁の対決」と位置づけられ、最大の注目を集める開幕カードとなったが故。湯崎英彦広島県知事や松井一實広島市長も「浦和戦勝利」に熱く言及するなど、森保監督率いるチームへの期待は、全広島で沸騰している。
ただ、そんな「因縁」など煽らなくても、エンタテイメントとして十分に通用する「面白いサッカー」を今の広島は見せてくれるだろう。ボランチに入る森崎和幸を中心にボール奪取位置を高め、緩急の利いたパス回しに加え、サイドチェンジを多用するダイナミックな攻撃。多彩なボールの軌道だけでなく、指揮官譲りの熱く魂を揺さぶるような情熱が見える闘いは、サポーターを魅了してくれるはずだ。
「我々の方が攻撃的で、我々の方が守備も激しい。そういう試合をお見せしたい。必ず勝つという気持ちでピッチに立てば、我々を応援してくださるたくさんのサポーターに喜んで頂ける結果につながる」
一度は声を詰まらせた森保一は、視線を更に鋭く光らせ、かつての師との闘いに臨む決意を口にした。まるでダービーマッチのような緊迫感を内包したまま、広島ビッグアーチは静かな夜を過ごす。明日、その場所で巻き起こる数々のドラマは、まだ、誰も知らない。
以上
2012.03.09 Reported by 中野和也
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