アップダウンばかりで、サッカー人生に平坦な道なんて用意されていない。坂を上る憂鬱な時間が育んだのは強さだった。

米本拓司のプレーは、なぜか人に伝わってくる。「僕のようなタイプの選手は走ってナンボ」と言い、パスで揺さぶられても、１人、２人とボールの動きに合わせて食らいついていく。懸命に足を伸ばしてボールを奪い、チームメイトが決めたゴールを自分のことのように喜ぶ。全身を使ってプレーし、感情を表現する。だから、彼は人をひきつける。
次代の日本代表を背負う選手として将来を嘱望され、ロンドン五輪では中心選手として期待も高まっていた。その矢先、彼は覚えのある痛みを味わった。

開幕戦を出場停止で欠場し、中断明けの４月24日、Ｊ２リーグ戦第８節・千葉戦が自身の今季開幕戦となった。体は、試合開始からよく動いていた。調子は悪くなかった。
一進一退の攻防が続き、前半も残り５分を切っていた。ボールが浮き上がると、伸び上がって懸命に体を伸ばした。空中で相手選手と接触すると、体は自由を失った。着地した左足に全体重が圧しかかり、くの字に折れ曲がった。「グリって音がして、もう駄目だと思った」。そのまま苦痛で顔を歪め、何度か試みてはみたが、起き上がることさえできなかった。心配したチームメイトが近寄ってくる。アウェイ用の白いユニフォーム姿の選手たちが群がって輪を作った。
輪が解かれると、米本は担架でベンチ前まで運ばれた。隠すように乗せた腕の下では悔し涙が止まらなくなっていた。ベンチにいたＧＫ塩田仁史は、ベンチコートを差し出した。
「去年、ナオ（石川直宏）がケガした時にかけてあげられなかったことを後悔していた。スタンドも近かったし、誰にも見られたくないでしょ、そういう姿って」（塩田）。
米本は、手渡されたコートを頭から被り、担架に乗ってロッカールームへと下がっていった。

米本は昨年、開幕戦を９日後に控えた２月25日、セットプレーの確認中に同じ音を聞いている。「グリって音がして、初めは誰かに蹴られたと思ったんですけどね」。周りを見渡しても、誰も触れていないと言う。痛むひざを抑えてその場にうずくまった。
検査の結果、左ひざ前十字靭帯および外側半月板損傷、全治６カ月の診断が下った。再腱手術を行い、術後の経過も順調だった。辛いリハビリの毎日。だが、小さなことが支えとなった。
太陽を浴びて芝生の上を歩き、スパイクを履くだけで気持ちが高揚した。ボールが蹴れるようになると、インサイドキックだけで何時間も蹴り続けられると本気で思った。「でも、それに付き合ってくれる人はいなかったんですけどね」と、笑う。
兄（匡男さん）の言葉が、深いところに刺さって離れなかった。
「サッカーができることは当たり前のことやないねんぞ」
いつも言われてきた言葉が、違って聞こえた。それまで日常的にできてきたことが、小さな喜びになった。その積み重ねが、米本を復帰へと導いていった。

ケガから約８カ月後、Ｊ１リーグ第28節・清水戦に先発復帰を果たした。激しい雨が打ちつけるアウスタ日本平のピッチにいたのは、それまでの鬱憤を晴らすように走り続ける米本だった。
90分間を終え、１−２で勝利を果たすと、米本コールがゴール裏から降ってきた。ゴール裏の声援に合わせて腕を振る。高々と拳を突き上げ、笑顔がこぼれた。ひざに手をついて深々と腰を折った。顔を上げて客席に視線を合わせる。そして、両手で何度か手を鳴らし、もう一度、頭を下げた時には胸の中が熱くなっていた。再び顔を上げた時には、今度は涙がこぼれた。「やばいと思って急いで引き上げました」。ユニフォームの袖でまぶたを拭うと、そのままロッカールームへと急いだ。試合後、「楽しかった」と、素直に感情を言葉に換えた。ヒリヒリとしてきた生の傷を、その言葉で拭った。

★米本拓司、サッカーに育まれる男〜後編〜

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2011.05.11 Reported by 馬場康平