10月下旬のある日、いつものように雁の巣球技場へ足を運ぶと大きな体を少し縮めるようにして熱心にトレーニングを見つめている見学者がいた。それが、太田恵介であることが分かるまで時間はいらなかった。少しふくよかになったためか、それとも選手を引退したからなのか、表情が柔らかくなった印象を受けたが、ピッチに注ぐ真剣な視線は、アビスパでプレーしていた頃と少しも変わっていなかった。そんな彼と無性に話がしたくなって、現在、太田がコーチを務める福岡大学を訪ねた。

アビスパ在籍中は、誰よりも熱い男としてサポーターに愛された。４年間で63試合に出場して10得点（Ｊリーグ通算では101試合14得点）を挙げたが、気迫あふれる熱いゴールのひとつ、ひとつは、今でもアビスパサポーターの心に強く刻まれている。2006年に草津へ移籍。翌2007年に単身アメリカに渡ってプロリーグでプレーしたあと、2008年にV.ファーレン長崎に１年間在籍して現役生活を終えた。

太田らしい熱い気持ちが伝わってくるのはアメリカ移籍への経緯。伝手があったわけでもなく、紹介やオファーがあったわけでもない。たった１人でアメリカに乗り込んだ。
「日本のプロチームからオファーがなかったので、インターネットでトライアウトの情報を探して、自分で１人で行ってトライアウトを受けて、受かったところへ行ったということです。危険だとか、大変だとか、そんなことは全く考えになかったですね。海外に興味があったこともありましたけれど、とにかく純粋にサッカーがしたかった。ヒッチハイクで練習場まで連れて行ってもらったこともありますよ」

「向こうでは私生活から始まって、全てにおいて負けられないというのがありました。白人社会ですから、日本人は冷たくされるというか、馬鹿にされるというか。でも自分は戦うために行ったし、自分１人だから周りのことを気にする必要もないし、別に恥ずかしいこともないしっていう感じで、全部をさらけ出して向かって行きましたね。本当にいい経験になりました。もともと人見知りするタイプじゃないんですけれど、アメリカでやってきたおかげで、更に動じなくなった感じがあります」

現在は、大学時代の恩師である乾真寛福岡大学スポーツ科学部教授（福岡大学サッカー部監督）を頼って、指導者になるべく福大のコーチを務めながら勉強中。その理由を次のように話してくれた。
「V.ファーレン長崎では、ほとんど試合に出られなくて悔しい思いをしたし、そのままサッカーから離れてしまうのでは寂しいなと感じていました。だったら、別の形で見返してやればいいと思って乾監督にお願いしました。勝つためのサッカーを知っている監督だし、何より、自分を育ててくれた人だったので」

心の底にたぎる熱い思いは指導者を目指す今でも少しも変わってはいない。
「ギャンブルというわけじゃないけど、やはり勝負がしたいという気持ちが強いです。そういう刺激を求めていきたいなと。いまは何かを目標にするというよりも、とにかく、乾監督のサッカー観を早く盗みたいですね。そして、出来るだけ早く勝負できる場所に戻りたいです。自分に力を付けて、また表舞台に立ちたいなと思います」
雁の巣球技場にやってきたのも、アビスパのコーチ陣に指導のノウハウについて教えてもらうため。「今の自分には力がないので恥ずかしがっている場合じゃない。それでお願いしたんですけれど、とても快く教えてくれて、本当にありがたいです」
強気な姿勢ばかりではなく、謙虚な気持ちを持ち合わせているのも、現役時代と少しも変わっていない。

取材の最後にアビスパサポーターへのメッセージをお願いすると、今はそんな立場じゃないと言って、次のように話してくれた。
「僕は福岡が好きなんです。それに、福岡大学を卒業してアビスパに加入する時に『自分を育ててくれた福岡に恩返しがしたい』って言ったんですけれど、まだそれが出来ていません。選手のときに福岡の力になれなかったので、違った形で恩返ししたいです」
いつも熱い気持ちが太田の原動力。それが彼の生きざまでもある。その熱い心は、いつか必ず、太田を福岡サッカー界の指導者として知られる存在にすることだろう。

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2009.11.18 Reported by 中倉一志