「ジュリオが先に出て行って怒るから、俺も出て行かなきゃ駄目かと思って出て行ったんですよ（笑）」
　前半22分までに0−2とリードされて、最終的には3−3で引き分けたアウェイ栃木戦（第10節）。マラニョンがGKと1対1のシーンでシュートを外すと、通訳のジュリオは激怒してベンチから飛び出してマラニョンを怒った。そのときのことを安間貴義監督は思い出して苦笑いする。逆に、甲府のゴールシーンをよく見ていると、誰よりも先にベンチを飛び出して喜んでいるのもジュリオ。甲府の選手・スタッフの中で、感情を一番ストレートに表現するのが彼だ。しかし、監督が出てないのに通訳だけがベンチから出ていると注意される。だから安間監督はジュリオの後から出ていったのだ。
「一緒に戦っているから、誰がシュートを外しても悔しい。たまに安間監督より前に出てしまうことは申し訳ないと思っています（笑）」
日本代表には闘将・田中マルクス闘莉王（浦和）がいるが、甲府には闘将・寿莉王（ジュリオ）・セザール・ソウザがいる。今年で25歳になるジュリオは既に通訳歴8年目。甲府に欠かせない貴重な戦力になっている。

日系ブラジル人の母とイタリア系ブラジル人の父の間に生まれたジュリオは、10歳のときにブラジル・サンパウロ州から来日した。山梨県中央市（旧田富町）にある田富小学校に入学したジュリオは少年野球のチームに入ったことで日本語を急速に覚えていった。「まだ10歳だったから半年くらいで日常会話は問題なく話せるようになった」。田富中学に進学してからはサッカー部に入り、中学時代の恩師の勧めで高校では甲府ユースの選手となった。そんなとき、甲府にアライール（現・愛媛）が加入することが決まった。チームにポルトガル語の通訳がいないため、ジュリオに依頼がやってきた。訳あって高校生活と早めにお別れしていたジュリオには時間があり、この話を引き受けるのだが、そのときの年齢は17歳。おそらくJリーグ最年少通訳の誕生。しかし、大木武監督（現・日本代表コーチ）のもとで通訳となったジュリオにとって、そこは全く訳のわからない世界だった。今ほどレベルの高くなかったユースの選手が、いきなりトップチームのベンチに座るのだから振舞い方がわからないのは当然。そんなジュリオに振舞い方を教えてくれたのはテレビの中のフローラン・ダバディだった。2002年のFIFAワールドカップ日韓大会の日本代表監督だったフィリップ・トルシエ（現・FC琉球総監督）の通訳。彼の口調や激しい身振りなどがジュリオのお手本となった。
「『これが通訳か』と思った。だから（フローラン）ダバディさんのイメージで通訳をやりましたね」
その熱さ、激しさ、やさしさはもともとジュリオが持つ気性に合っていた。安間監督もそんな彼を信頼しているから、ブラジル人選手のケアはジュリオに任せている。ジュリオはブラジル人選手との付き合いの中で一つのルールを作っている。それは「選手を甘やかさない」ということ。通訳歴8年目の今でも甲府に加入するほとんどのブラジル選手は年上。甘やかすと人間関係も対等でなくなる。このルールは誰が来ても同じ。そして、監督の言葉を選手に伝え、選手の言葉を監督に伝えるという仕事は忠実に行う。厳しい言葉も伝えなければならない。しかし、練習後に自分なりに監督の言葉の裏にある期待も伝えてフォローする。「フォローの部分まで期待されていると思うし、そこには自信がある。また、ブラジル人選手を独りにさせたくないから、普段からできるだけみんなで行動するようにしている」。日常生活ではジュリオがブラジル人選手のまとめ役になって食事や買い物に一緒に出かける。「ほんのひと時でも寂しさを忘れてほしい」という気持ちがある。故郷を想い、寂しくなる気持ちは10歳のジュリオがよく知っていたからだ。
そして、第2次大木政権時代に甲府の名物だった安間塾（安間監督がコーチ時代に選手と行った自主練習）に代わって、今はジュリオ塾が始まった。いい意味で、ジュリオは通訳の仕事を飛び越えてチームに貢献してくれている。そこには彼の夢が関係している。

＊PART２につづく

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2009.05.12 Reported by 松尾潤