80分までは北九州らしいゲームだった。試合開始のホイッスルからの80分間がそうだったのではなく、朝から降っていた雨も、ゆるやかに吹き抜けていた風も、食欲をそそるスタジアムグルメの香りも、その全てがいつもの本城、いつもの北九州を形作っていた。前半の45分は守備から入るスタイルを貫き、後半に入れば池元友樹らが躍動してチャンスメイク。他方で一瞬の隙を突かれて失点を喫するも、いつものように逆転を目指してギアを入れ直す。定石を踏んでいた。だが残り10分、北九州の筋書きにあるべき逆転のためのゴールはついに現れなかった。
前半は言うまでもなく湘南の攻撃力が勝った状態で進んでいく。しかし北九州は出場停止の八角剛史に代わって出場した下村東美が湘南の楔や横パスをカット。「自分のプレースタイルを出しただけ」という下村の冷静なリスクマネジメントで供給を減らすと、最終ラインでは渡邉将基がウェリントンを抑えてゴールを守り抜いていた。ただ北九州は敵陣にボールを運ぶことがほとんどできず前半のシュートは0本。堅守がゆえに失点もなかったが、得点もゼロ。必然的な結果として0−0で前半を折り返す。
ゲームに動きが出てくるのは後半に入ってから。北九州は54分、風間宏希が足を痛めたことで新井純平を投入するが、この新井が触媒となってリズムを出していく。交代直後の57分には新井のミドルシュートが左のポストを叩いてゴールに迫ると、直後にはペナルティエリアに入り込んだ池元が軽やかにDFを交わしてシュート。「ニア上を狙った」と言うそのシュートもポストに嫌われてしまうが、にわかに北九州がゲームの主導権を握るようになる。しかしながら、いい時間帯を持続できないという前節の讃岐戦でも示してしまったウィークポイントがやはり再現。数度の決定機を決めきれず、岩尾憲、中村祐也を相次いで投入した湘南が再びゲームの流れを引き込んでいく。
ついに72分、右サイドを上がった永木亮太のクロスに交代出場の中村が合わせて湘南が先制。「クロスが上がってくるだろうと思ってディフェンスの後ろから前に入った。ウェリントンがOKと言ったけれど、自分で狙いました」と中村。積極姿勢がゴールを呼び湘南が1−0とリードする。もちろんこのゴールで湘南の白星が決定的となったわけではなく、北九州は今年8回目となる逆転を狙って久々のベンチスタートとなった原一樹をピッチに送り出す。
攻撃姿勢に出る北九州に対し、間延びしてくるスペースを突いて次の得点を奪ったのも湘南だった。88分、やはり途中出場の宇佐美宏和の低いクロスを起点に、ゴール前で武富孝介が体勢を崩しながらもヒールキックでリレー。その後ろでフリーになっていた菊池大介が振り抜いて2点目を挙げた。直後にも宇佐美のクロスがオウンゴールを誘い、さらにその1分後には武富のヘディングが決まってわずか4分で湘南が3得点。前のめりになっている北九州にゴールを割らせる時間を与えないまま、4−0で湘南が快勝した。
この4ゴールで湘南はシーズン通算79得点。「シーズン当初、(勝点)80ポイント、80得点を掲げていた。残りの1点を次の試合でなんとか決めたい」と曹貴裁監督(湘南)。「失点に関しても去年、ケルンが2部から1部に上がったときにドイツの歴史を塗り替える34試合で20点という記録があるが、我々はそれ以上に失点をしていない」と無失点で抑えた守備陣の奮闘も称えていた。湘南は勝点も100の大台に乗せる可能性を残したまま残り2試合に向かっていく。
さて、北九州の今シーズンを締めくくるレポートに、キャプテン・前田和哉の言葉を引用して未来を展望したいと思う。
北九州は一足早く、本城での今シーズンの試合を終えた。現時点で胸を張れる4位。そしてまだ3位にさえ行くことのできる場所にいる。それでも前田和哉は「ギラヴァンツ北九州がJ1を目指すのであれば、今日の結果は受け入れてはいけない」と語気を強めた。新スタジアムは2017年春に完成するため、2年後の2016年シーズンは実際にJ1昇格を目指して戦うことになる。あと2カ月もすれば2015年のチームが動き出し、その42試合後にはJ1を狙うべきそのシーズンが始まるのだ。時間はない。優勝した相手だからと今日の敗戦に言い訳を求めるのではなく、そういう強い相手からも結果を残していくことが必要だった。前田の言葉には得られなかった結果に対する悔しさがにじむ。
前田は北九州に来てからの心境の変化を明かす。「(北九州に)まだまだプロフェッショナルではない部分は確かにあり、それをどうにかしたいなという気持ちになった。自分たちが結果を出すことによってプロフェッショナルなチームになるのではないか」。前田の話はチームにとどまらず、スタジアムやクラブの方向性などにも及んだ。個人成績が契約を左右する中にあって結果の向こう側でクラブや街を動かしたいという高い意識が、前田をはじめとするベテランの中に確かに芽生えている。目指すは3位。「もっと上を目指して行けるというのを知らしめるチャンスになる」。前田の言葉が頼もしい。
話を聞きながら浮かんだ顔がある。下部リーグ時代に与那城ジョージ監督や冨士祐樹、桑原裕義さん、長谷川太郎選手などがプロ選手とはどういうものであるかを背中で示し、Jリーグに上がった後はJでの戦い方を長野聡選手や小森田友明さんがチームに教え込んだ。後任の三浦泰年監督はまさに「プロフェッショナルであるべきだ」と個や各セクターの成長を促し、昨年はモチベーションの見出しにくい中で前田和哉、大島秀夫らベテランがプロの矜持を失うことなくチームを牽引した。上位躍進を果たした柱谷幸一監督も「一人一人が自分の限界を決めないで上手くなりたいという思いを持つ」ことを個人に求める。プロとは何か。北九州はどうあるべきか。多くの者たちが北九州に来て自問自答していた。
誰もが感じているように北九州はチームもクラブも行政もサポーターも取り巻く全てがまだ『プロフェッショナル』にはなりきっていない。それでも選手らの努力が積まれチームは少しだけ先行してプロフェッショナルの階段を上ってきている。必然ながらシーズンを重ねれば、去る者、散る者の記憶は薄れていくが、チームを思い、クラブを思い、前を見続けてきた選手やスタッフたちが北九州の系譜を飾っていることを胸に刻んでおきたい。――2017年はJ1へ。彼らの願いと流れてきた汗を受け継ぎ、周りにいる僕らもまた限界を決めることなく歩み続けよう。
J1への道を普請するこの手もまたプロフェッショナルであれ。
以上
2014.11.10 Reported by 上田真之介