観客数は今節の11試合の中で、また熊本の今シーズンのホームゲームでも最多となる12,661人。熊本の小野剛監督が「少なくとも両チームがしっかりと力を出し合い、出し切る試合にもっていかなければいけない」と言えば、かたや磐田の名波浩監督も「クラブや代表で彼が残した輝かしい足跡をけがさないためにも、今日は勝点3がどうしても欲しかった」と語っているように、素晴らしい雰囲気のなかで迎えたこの一戦は、それぞれが勝点を積み上げて上との差を詰めるためだけではなく、かつて磐田、横浜F・マリノス、横浜FC、そして日本代表で活躍し、先週17日に事故で亡くなった奥大介氏に、サッカーを通じて所縁を結んだ仲間として捧げる追悼のゲームでもあった。
熊本は今シーズントップ昇格したMF嶋田慎太郎を初めて先発起用。一方の磐田は、伊野波雅彦の出場停止を受けて坪内秀介が右のセンターバックに入った(19分、坪内は負傷で交代。2011年に熊本に在籍した菅沼駿哉が交代で11試合ぶりの出場となった)。
試合は序盤からホームの熊本がペースをつかむ。名波監督は「我々の背後を意図的に衝いてくるロングボールが多くて、そのラフなボールに対応しきれなかった」と話しているが、要因はほかにもある。熊本は京都戦と同じように全体を押し上げてボールにプレッシャーをかけ、セカンドボールへの反応でも優位に立つと、Jリーグデビューの嶋田、1年目の澤田崇と中山雄登ら、2列目のフレッシュな3人が適切なサポートを続けて絡みながら、幅広く、またリズム良くボールを動かしていった。顕著だったのは18分のリスタートの場面だ。嶋田のスローインを澤田がワンタッチで落とし、うまく相手の間に入り込んだ中山が再び嶋田へ。これを受けた嶋田はクロスを入れるフェイクから持ち出して松井大輔をかわすと、左足で速く低いボールをニアへ送る。齊藤和樹が合わせたヘッドはゴールにはならなかったが、コンビネーションを生かした攻撃の形はこの場面以外にも作れていた。
また守備でも、早いアプローチによって出どころを潰し、あるいは磐田の組立てのパスは高柳一誠と養父雄仁のボランチ2人がひっかけては奪い、両サイドからも良質のクロスを許さず、結果として前田遼一にもほぼ仕事をさせなかった。小野監督のハーフタイムコメントに「全員で強気の戦いができている」とあるが、チャンスで得点を取れなかったことを除けば、熊本にとっては狙い通りの前半だったと言っていい。
後半に入り、「恐がらずに縦へのパスを出していこう」という名波監督の指示を受けた磐田は、松浦拓弥が勢いをもって長い距離のドリブルを仕掛けるなど攻撃のギアを一段上げている。熊本も若干、選手間の距離が開きはじめてボールへのプレッシャーが緩くなったものの、最後のところでは園田拓也と橋本拳人の両センターバックが身体を張り、またGK畑実も積極的に前に出てハイボールを処理。逆に、「押し込んでいる時間帯でのリスクマネジメントがちょっと甘かった」と名波監督が振り返った通り、前がかりになった磐田のDFラインの背後のスペースを狙い、澤田が再三抜け出してチャンスを作った。だが磐田もGK八田直樹が果敢に飛び出して好セーブを見せ、ゴールを割らせない。その後、お互いに攻撃のカードを切って点を取りにいったが、均衡は破れぬまま試合終了の笛を聞いた。
2位松本が京都と引き分けたため差を詰めるチャンスだった磐田だが勝点差8は変わらず、自動昇格でのJ1復帰には「誰が見ても厳しい条件」と名波監督も険しい表情を見せる。全てのチームが勝点を取るためにあらゆる手を講じる終盤、よりクオリティを高めていきたい。
熊本は4試合連続の無得点で順位も19位に後退したものの、攻守ともに、試合を通して意図した内容を展開できた。ただ、戦前に小野監督も話していたように、勝敗を分ける少しの差——この試合においてはフィニッシュ精度——によって、守備が機能していた分、勝ちきれる可能性の高かった試合で勝点2を落としたと捉えたい。この悔しさを次への推進力に変え、最後まで上を目指して登り続けること。それが、小野監督が掲げる“シーズンを通した成長”への唯一の道だ。
以上
2014.10.20 Reported by 井芹貴志