この日の「表のヒーロー」が齋藤学ならば、「裏のヒーロー」は榎本哲也だろう。
「最初にテツ(榎本)が止めたのが一番大きい」。中村俊輔も称賛したビッグセーブは、21分。広島はクイックスタートのFKからロングパス1本を前へ。それにスピードスター・石原直樹が反応して抜け出し、GKと1対1に。横浜FMは絶体絶命のピンチ。だが、トリコロールの守護神は、実に落ち着き払っていた。
「慌てずに先に倒れないようにした。そうすると相手も迷うと思うので。そこは本当に冷静に対応できたなと思います」
まさに職人技。刹那の状況判断とこれまで培った感覚的な部分で巧妙に間合いを詰め、石原のシュートを見事ブロック。止めた当人も「あれが(勝敗を分ける)分岐点」と言う試合の肝となるワンプレーだった。
ただ、このプレーに象徴されるように、今回の広島には勢いがあった。「前半から頑張ってきていた」「気合が入っていた」。横浜FMの選手たちは、対峙した広島が最近対戦した広島とは違うと肌で感じた。中でも横浜FMの守備陣を悩ませたのが、青山敏弘である。
横浜FMは、最近の対広島とは異なり、基本的に広島の2シャドーを最終ラインが見て、ボランチは相手ボランチを見るようにし、本来の前線からの守備を標榜したという。しかし、それがハマらなかった。動き出しのよい「(佐藤)寿人さんにラインを引っ張られた」(中町公祐)こともあり、ボランチ2枚の重心がどうしても後ろにかかり、青山にプレスの圧をかけ切れず、攻撃のタクトを振るわれてしまう。「青山選手にボールを運ばれすぎた」(中町)。しかし、幸いだったのはパスがほとんどサイドに展開されたことではないか。横浜FMの堅牢な中央の守備を避けたのかもしれないが、逆に連動性の高い広島の“怖さ”が軽減されたようにも思う。
片や横浜FMは、中を突こうとした。その急先鋒が齋藤である。前半から突破を図るドリブルを何度か仕掛け、4万人近くの観衆を沸かせていた。「沸かせた」という事実が、齋藤のキレのよさの証。そして55分、カットインからシュートを叩き込む。無論、齋藤のプレー自体が素晴らしかったが、巻き戻して見ると、佐藤優平が貢献しているのが分かる。齋藤と同じ左サイドにいた佐藤は、裏に抜け出す動きで相手DF塩谷司を釣り出し、齋藤がドリブルするためのスペースをつくっていたのだ。この日は兵藤慎剛がケガの影響で、佐藤に出場の機会が訪れたわけだが、前半右サイドで攻撃の起点の1つになったのを含め、いい仕事をした。
もう1人、出場停止のドゥトラに代わって左サイドバックに入った奈良輪雄太も及第点。「相手のミキッチ選手が交代したのも気づかなかった、それくらい緊張した(苦笑)」そうだが、粘り強い対応でミキッチ封じを遂行した。彼ら2人のバックアッププレーヤーの活躍も見逃せない。
広島は試合後、佐藤が「駆け引きを含めて面白かった」と試合を振り返ったのが印象深い。すでに気持ちを切り替えているのか、言葉、表情ともに清々しかった。そして最後、「たぶん今年は最終戦までもつれ込むと思う」と言って、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
以上
2013.10.20 Reported by 小林智明(インサイド)