スローインの流れから中島裕希とのワンツーで中村太亮が敵陣深く縦に突破した8分のプレーが、山形にとって最初の攻撃らしい攻撃だった。しかし、これが先制ゴールにつながった。クロスに林陵平と空中で競った多々良敦斗は競り勝ったが、こぼれ球の落下地点にはフリーの比嘉厚平。「絶対こぼれてくるだろうと思って、こぼれてきたボールを、立ち上がりだったので思いきって蹴った」と6試合ぶりの先発起用に応えるシュートは鋭い軌道でゴールマウス左へ。「ボレーで決めることもあまりないですし、しかも左足で、自分でびっくりしました」(比嘉)。山形が先制。松本は0-2で敗れた前節に続いて前半で先制点を奪われた。
松本はそれまで続けてきた3-4-2-1から中央の構成に手を入れた。岩沼俊介をアンカーに据え、ボランチから前めに上がった喜山康平と3試合ぶりに先発復帰したパク カンイルが2列目を形成。それまでシャドーでプレーしていた船山貴之が塩沢勝吾とともに2トップを組んだ。これに対し山形は、松本の2トップには2人のセンターバックが付き、ボールと逆サイドのサイドバックが絞って1枚余らせることでリスク管理のベースとしていた。立ち上がりこそ、喜山のパスでペナルティーエリアの角に進入した船山にシュートを打たれたが、その後は決定的な場面を許さず。ボランチの秋葉勝、ロメロ フランクが喜山とパクに圧力をかけて押し込むと、孤立した松本の前線にいい状態のボールが入らなくなった。さらに、前線に起点がつくれないことで松本の両ウィングバックは攻め上がる機会を奪われ、守備の対応で自陣深くポジショニングする時間が多かった。
先制し、さらにシュートチャンスを重ねる山形と対照的に、前半の松本は受けに回るばかりで攻撃に出るきっかけをつかめずにいた。30分頃には山形の前への圧力がやや弱まり、バックライン3枚とアンカー・岩沼でボールを回せるようになったことで攻撃へのスイッチは入れやすくなったが、GK白井裕人のパントを受けたパクのドリブルからのシュート、スローインからパクのシュート、相手ミスのボールを拾った鐡戸裕史のシュートはいずれもミドルレンジで、枠をそれたりキーパーにキャッチされて波状攻撃にはつながらなかった。
後半、松本にメンバー交代もシステム変更もなかったが、やり方ははっきりと変わっていた。「全体的にスピードを上げてギアをアップしないとこのまま終わってしまうぞ!」「もっと我々の強みである走力を見せろ!」と強い危機感を滲ませて反町康治監督は選手を送り出している。立ち上がりは、そうしたことも見越して「後半はこれ以上にハードワーク」と奥野僚右監督に送り出された山形が主導権を握り、チャンスもつくるが、49分、右スペースを突いて飛び出した船山がクロスを放つと、その直後には同じ位置で塩沢が起点をつくり玉林睦実にスイッチ。右サイドで時間がかかった分、サイドバックの中村太も戻り山形の守備の人数は十分にそろっていたが、塩沢に当てるワンツーで玉林がマークをはがしてペナルティーエリアに潜り込むと、そこからマイナスのクロス。中村太の股を抜ける際にさらに角度がついたボールを、ニアで待つ塩沢が右足でダイレクトシュート。堀之内聖が体に当てた跳ね返りを左足で、今度はゴールマウスにねじ込んだ。
振り出しに戻ったゲームは互いにロングボール応酬のオープンな展開になったが、57分、ロメロ フランクの浮き球スルーパスに飛び出した伊東俊がそのまま持ち込んでゴールを決め、山形が再び勝ち越すと、さらにその5分後、中村太のクロスを中島がファーサイドからピンポイントで折り返し林のヘディングゴールを導いた。3-1とリードを広げたが、最近は終盤に苦い思いをする試合が多かった山形に気持ちの緩みは見られなかった。80分、左サイドでセカンドボールを拾った伊東がドリブルからそのままクロス。大きく弾かれなかったパクのヘディングでのクリアをロメロ フランクがすかさずシュート。ゴール前に戻った川鍋良祐が弾いたボールに詰めていた林はキーパーをかわすためにファーストタッチで左に持ち出すと、体を投げ出してくるディフェンダーを冷静に見ながらタイミングを外し、左足でゴールネットを揺らした。
3点目を失ったあと、攻撃のカードを切っていく松本にもチャンスがなかったわけではない。特に山形のゴールを脅かしたのは船山だった。しかし77分、ロングボール1本で右スペースを突いてからのグラウンダーのシュートはわずか左へそれ、81分、玉林のクロスをファーポスト際で叩いたヘディングも、88分、やや右角度から放ったミドルシュートもGK常澤聡の好セーブに防がれている。翌日にスーパームーンを迎える月が黒い雲の隙間から顔を出したスタジアムに、ホームチーム勝利を知らせるホイッスルが響いた。
松本にとっては、4失点中3つが警戒し、準備もしていたクロスからの失点だった。「中はある意味、1対1の競り合いの場面だと思うので、あとはこぼれたセカンドボールとかをもうちょっと拾えたらなと思います」とリフレクション対応を指摘したのは岩沼。今季ここまで1試合の失点を2点以内に収める堅実、献身的な守備を続けきたが、「今日みたいなことがあって、もう1回しっかりと足元を見つめるいい機会だったかもしれません」と反町監督。アウェイ2連戦で獲得した勝点はゼロ。ホームで迎える前期最後の試合から巻き返しを図るため、ハードワークの量と質はさらに徹底されそうだ。
勝ちきれず、すっきりしない試合を続けてきた山形は、ここ最近の鬱憤をようやく払拭する内容でジワリと順位を上げ7位に浮上した。奥野監督は「今日は相手の徹底された狙いというもの以上に、こちらがそれへの対処で徹底するとともに、攻撃においても徹底を選手たちがしてくれた」と選手たちを讃えた。ホームでは5月3日以来4試合ぶりの勝利で、6月に入って負けなし。自動昇格圏内の“2強”との勝点はまだ11以上開いているが、今節で総得点がG大阪を抜いて39とリーグトップに立った。攻撃サッカーへの歩みは力強さを増している。それを勝点に着実に結びつけるための挑戦は、このあとも続けられる。
以上
2013.06.23 Reported by 佐藤円