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数年前、練習場の片隅で行われていたメニューがある。今季監督に就任した森下仁志はそれを「“原点”」と呼ぶ。午前練習でみっちり汗を流した主力選手は午後からの“サテライト”練習には参加しない。ピッチに立っているのは出場機会に恵まれない選手や若手選手のみ。片手で数えられるほどの選手に対し、熱っぽく指導していたのが当時コーチを務めていた森下だった。
それは小さなコートの中に5人の選手が入り、その内一人がフリーマンとなって行う『2対2+1』のボールポゼッションである。人数上、コートは一つあればいい。静まり返ったピッチに森下と選手たちの声だけが響いた。ボールが動くたびに『3対2』の局面が生まれるこの練習はパスコースが2つしかない。厳しいプレッシャーに晒されながらボールキープし、フリーマンを含めた3人が呼吸を合わせなければパスはつながらない。意図的に作られた密集の中で選手たちの動きの質は着実に研ぎ澄まされていった。昨季一年間を福岡で過ごし、持ち前のターンに磨きをかけて帰ってきた松浦拓弥は当時この練習の“常連”。新天地でもこのメニューのイメージ、さらには森下のコーチングは脳裏にあったという。「(相手を)“はがせるようになれ”――」。
森下が新監督に就任した今季、かつてたった一つのコートで行われていたこの練習にはチーム全員が参加し、複数のコートを設けて行われている。コートを広げて行う“派生形”の『4対4』も交え、攻守の切り替えや球際での“ファイト”といった部分をベースに、新指揮官は攻撃の約束事の一つとして「“はがす”」、「(グループとして)“つながる”」という点を強調してきた。1対1の局面で負けず、その上でボールサイドの数名、さらにはチーム全体が一つの“鎖”となって動かなければボールは前へ運べない。新チームのエッセンスはこの練習に透けて見える。
そして、彼の言う“つながり”はポジショニングに限った話ではなく、心と心の“つながり”でもある。シーズンが開幕すれば18名という“枠組み”が生じ、皆が同じ立ち位置にいることはできない。中心選手として多くの公式戦に出場する者もいればベンチやスタンドから戦況を見つめる者、けがでリハビリに専念する者もいる。昨季までどこかに見え隠れした“温度差”。それは見えない敵との闘いでもある。森下は今季のテーマの一つとして『充実』を挙げた。それはフットボーラーとしての“充実”である。肩書こそ変わったが、森下仁志はやはり森下仁志である。名門・サンパウロFCでプレー経験がある実力派ボランチ・ロドリゴ ソウトから磐田U-18の練習生に至るまで躊躇なく檄を飛ばし、必要があれば時間をかけて対話する。時折、満面のスマイルも見せる。“オープンマインド”を前面に押し出すキャラクターはコーチ時代と全く変わらない。川口能活、駒野友一、前田遼一といった妥協なき男たち、そして千代反田充、菅沼駿哉、宮崎智彦、松岡亮輔といった新天地でさらなる成長を目指す“飢え”を持った選手たちに支えられ、新監督は古巣・札幌の地で新たな一歩を踏み出す。「どの選手もサッカーに生かされてこの場所に居る」。今季始動日の言葉の主語には自分自身も含まれている。
新たなスタイルが開花するまで時間はかかるかもしれない。しばらくは勝点3という結果を追い求めながら試行錯誤する日々が続くだろう。それでも選手、そして全てのクラブスタッフが一体となり、充実感を持ちながら辛抱強く戦い抜くことができればその“つながり”は自ずとスタンドで声援を送るサポーターたちをも巻き込み、大きくなっていくはずだ。
以上
2012.03.09 Reported by 南間健治