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10代の頃から「100年に1人の逸材」と言われた小野伸二が、12年ぶりに清水に戻ってきた。卓越したテクニックと創造性、豊富な国際経験を兼ね備えた彼の加入に、長谷川健太監督も「精神的支柱になり、ラストパスを出せる選手」と大きな期待を公言する。
清水商業高校を出た98年。浦和でプロ生活をスタートさせたばかりの小野は、18歳でフランスW杯に出場した。ジャマイカ戦でのファーストタッチでの股抜きは、今も多くの人々の脳裏に焼きついているだろう。翌99年FIFAワールドユース(ナイジェリア)では主将としてチームを準優勝に導く。彼の輝ける未来を誰もが信じたはずだ。
しかし同年夏のシドニー五輪アジア1次予選・フィリピン戦での左ひざじん帯断裂で運命が大きく狂う。足が治っても「プレーのイメージが沸かない」と苦悩する姿は実に痛々しかった。それでも徐々に調子を上げ、2001年には日本代表レギュラーに定着。オランダ・フェイエノールト移籍を果たすと、2002年5月のUEFAカップ(現UEFAヨーロッパリーグ)決勝でタイトル獲得の原動力となった。UEFA主催大会で優勝経験のある日本人選手は、後にも先にも小野伸二ただ1人だ。
2002年日韓W杯出場後も欧州で戦ったがケガに泣かされ、2006年1月には浦和に復帰。満を持してドイツ大会に挑んだ。が、大会初戦のオーストラリア戦で途中出場しながら衝撃的な逆転負け。本人も「しばらくは目標の持っていき方が難しくなった」と吐露する。
その後「もう1回欧州で輝き、代表に復帰したい」と気持ちを持ち直し、2008年1月に再渡欧。ボーフムで再起を図った。最初の2年は負傷が続いたが、昨夏からの3シーズン目に入り活躍を見せる。11月22日のハンブルガーSV戦から3試合連続先発。2列目から積極的に飛び出すなど非常に状態はよく、完全復活目前まで来ていた。そこで、あえて日本復帰を決意したのは「30歳になってもう一度輝きたい」という強い思いがあったから。10代の頃、楽しくボールを蹴った清水で原点回帰を図るとともに、2010年南アフリカW杯メンバーへの滑り込みも狙おうと考えたのだろう。
彼が人々を唸らせる華麗な球出しを取り戻せば、清水に新たなアクセントが加わるのは間違いない。小野のデビューが待ち遠しい。
以上
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