同じような光景を何年か前に目にした記憶がある。たしかあのときも彼は、スタンドからの盛大な――感謝や愛情の裏返しとも言える――ブーイングに手を挙げて応える余裕の振る舞いを見せ、芝の踏み心地を確かめるように、かつて自分が立っていたポジションについた。2010年の第31節、日立台に乗り込んだ熊本は、立ち上がりに北嶋秀朗(現・熊本アシスタントコーチ)に決定機を作らせる等、21本ものシュートを浴びながらゴールを割らせず、前期の対戦で1−3と敗れていた、そしてそのシーズンJ2優勝を果たしてJ1に復帰することになる柏レイソルと0-0で引き分けた。
あの日、熊本ゴールを死守した男が、この試合では最後の最後で勝ち越しを許さなかった。アディショナルタイムもやがて過ぎようかという90+4分、ビッグチャンスを迎えてヒーローになるはずだったルーキー澤田崇のシュートを阻んだのは、昨シーズンまで4年に渡って熊本のゴールを守った南雄太だった。それでも、後半途中までは、熊本が主導権を握っていたゲームだ。この一戦に臨むにあたってチームがテーマの1つとしていたのは、横浜FCのプレッシャーをいかにいなしていくかということ。小野剛監督は「局面をどう理解するか」と表現していたが、試合2日前のトレーニングでも、単にサイドで起点を作るだけではなく、はがしたらすぐさまスイッチを入れることを意識づけている。35分の先制点は、まさしくそれが形になったものだった。直前の横浜FCの攻撃を凌ぐと、橋本拳人のクリアから勢いを持って縦につなぎ、仲間隼斗が大きく左のスペースへ展開。深い所まで運んだ齊藤和樹がシュート気味に入れたクロスにアンデルソンが合わせた。後半立ち上がりの51分にも、そうした早い攻撃から追加点につなげている。GK畑実からのフリーキックを拾った澤田が中へ切り返すと、ドウグラスと野上結貴の背後へ走り込んだのは仲間。難しい角度でボールを受ける形になったが思い切ってダイレクトをチョイスした仲間の左足シュートは、ミートこそしなかったもののニアのコースを切っていた南の左手をすり抜け、ゴールマウスへ。約40分を残した状態で、熊本が2点差とした。
だが横浜FCも、ここから本来の力を発揮し始める。まず54分、内田智也に代えて飯尾一慶を左に入れるのと合わせ、ボランチの位置から松下裕樹を最終ラインに下げ、野上を右サイドバックに、さらに小池純輝を1列前にスライドさせ、松下年宏を中央へ動かした。前半はパク ソンホをターゲットにしたロングボールが多かったが、これを境に、ボールを横に動かしてサイドで起点を作り、そこからえぐる、あるいはクロスという展開に持ち込んでいく。さらに69分、野村直輝に代えて野崎陽介を入れたことで、縦への勢いも加えた。
「カウンターを狙いながらだったので、悪い引き方じゃなかった」と橋本が話す通り、熊本も決して守りに入ったわけではない。もちろん、横浜FCの圧力を受けて、「押し返す力がなかった」(仲間)という側面は確かにあろうし、実際、全体的に引いてしまった感はある。しかしながら、前に出てきた相手のスペースを衝く形で追加点を取れるチャンスは何度も作っており、シュート数は試合を通して13対8、押し込まれた印象の後半でも記録上は7本対2本と、熊本が大きく上回っている。
だが横浜FCは、数少ない決定機を逃さない。77分、左コーナーにフリーで入った野崎が頭で押し込み1点を返すと、7分後の84分には1点目をアシストした松下年が右足で約20mの直接FKを沈めて同点。流れからは得点に結べなかったが、「うちの武器」と松下年がいうセットプレー2発でスコアをタイに戻した。熊本はその後、アディショナルタイムにかけてアンデルソンや澤田がスペースへ抜け出す場面を作るが、オフサイドの判定や冒頭で触れた南のセーブなどで勝ち越し点は奪えず。勝点1を分け合った結果、無敗記録を14とした横浜FCは8位に浮上、勝点2をこぼした熊本は18位に後退した。
山口素弘監督が「ひっくり返せなかったのが残念」と話し、選手達も前半の戦いぶりを課題として挙げていたことからも分かるように、14試合無敗という事実は単なる過程にすぎないという捉え方がチーム内で共有できている、そのことこそが今の横浜FCの強み。逆転はできなかったが、負けずに勝点を積み上げたことは終盤の争いで必ず効いてくるだろう。
熊本にとってはもったいない引き分け。ただ、小野監督も述べているように、連動したプレッシングやワンタッチではがしていくコンビネーションなど、攻守において良さを出したことは誇っていいし、勝てなかった悔しさとともに残りの試合に生かせるはず。栃木を迎える次節のホームでも、きっちり継続して勝点3につなげたい。
最後にもう1つ。残念ながら警告2枚で退場となったアンデルソンがピッチを去る時に送られた大きな拍手や、追いつかれて以降も選手達を鼓舞し続けたスタジアムが一体となった手拍子とチャント、そして横浜FCのGK南に対して発せられた温かさのあるブーイングに、試合後の横断幕と「雄太」コールなど、熊本のゴール裏を中心とした8000人を超えた観客が、後味の悪いまま終わりかねなかったゲームを少なからず彩っていたことは付記しておきたい。
以上
2014.09.15 Reported by 井芹貴志
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