4年ぶり3度目の天皇杯ベスト8の立役者は、延長後半、古巣相手に決勝ゴールを挙げた萬代宏樹だけではなかった。連戦を考慮してリーグ戦から半数以上の選手を入れ替え、変えたばかりの新システム3バックでもJ1で2位の鳥栖に内容で圧倒して勝利するには、出場したすべての選手のハードワークと献身が必要だった。
そのなかで1人、気になるプレーを続けている選手がいた。2シャドーの一角でプレーしていた川西翔太。川西は前線でプレーしていたかと思うと、自陣深くまで戻って守備をしたりボールを受けたりと、自分の感性に従った予測不能で意外性のあるプレースタイルが特徴で、すべてのプレーに100%を注ぐというよりも要領のよさや効率を重視し、ここという勘所を押さえるようなスマートなプレーを好む。そんな川西が、鳥栖戦ではすべての相手ボールに迫力をもってプレッシャーを掛け、消耗を惜しまない全力プレーを続けていた。チーム戦術とはいえ、こんなにもガツガツとした川西を、山形ではそれまで見たことがなかった。
試合翌日、そのことを本人に聞いてみると、ニッと口角を上げながらこんな言葉が返ってきた。「自分捨てましたね、昨日に関しては」。
川西自身もG大阪から期限付き移籍してきた今季、リーグ戦で試合に絡む機会は多くない。めぐってきたチャンスを生かしたいという、同じような境遇の選手たちが抱く気持ちを当然、内に秘めていただろう。しかし、川西をここまで走らせた原動力はそれだけではなかった。「ほんまにチームのために勝たなアカンと思ったし、試合前から話してて、90分もたなくていいと思ったし、なんやったら点取れへんかったとしても失点ゼロでいって、ほんまに相手が嫌がることを俺らができたと思ったし。見ててどう感じたかわかんないんですけど、俺の中ではチームを助けるというか、自分が犠牲になる。そういうところですかね」
鳥栖戦では、その川西にアシストが付くチャンスがあった。両チームスコアレスで迎えた78分、石井秀典からのフィードをヘッドで縦へ送り、途中出場したばかりのロメロ・フランクがGKと1対1になった場面だ。すでにこの時、川西の足はつっていた。「『決めてくれ』と思ったし、延長入ったら無理やろなと思った」。しかし、ロメロ・フランクが選択したループシュートは日本代表から戻ったばかりの林彰洋にキャッチされた。
この時、ベンチの石崎信弘監督は3枚目の交代カードを切るかどうかの判断を迫られていた。前半終了間際には川西とは別の選手の交代が最優先で模索されていたが、不測の事態に備えてその行使は延長戦に持ち越されている。そして延長前半、ついに限界を迎えた川西が萬代と代わってピッチを退いた。その萬代が延長後半すぐに決勝ゴールを挙げ、スポットライトは萬代に当たることになったが、川西は「ああやって俺らが90分間行ったことによってどんどんチャンスが増えてきたし、俺らがああいうふうに相手を苦しめられたから最後、バンさん(萬代)とかフランクとか途中から入った選手がいいプレーができた。相手がきつくなったからこそ、ああいうプレーができたんじゃないかなと思います」と自分を含む先発メンバーの奮闘ぶりを強調した。
あれだけのプレーを見せられた側は、今後も同じようなプレーを期待してしまう。それを川西本人に伝えた時の反応もまた川西らしかった。
「正直、もう嫌っすけどね。めっちゃきつかったから(笑)。いっつも動いてへん分アレですけど、ザキさん(山崎雅人)とかにはいつも助けられてる。めっちゃ動いてくれてる。その分、ボールを持った時に俺がどうにかしようというのがいつもあった。でも今回はそうじゃなく…でしたね」
捨てた自分をどこかでこっそり拾っていそうな雰囲気を漂わせながら、自分をほめることが苦手な川西の、精一杯の自己アピールだった。
以上
2014.09.13 Reported by 佐藤円
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