広島を襲った悲しみは、まだ癒えてはいない。72名の死者を出し、未だに800名ほどの人々が避難所生活を余儀なくされている広島土砂災害への想いは、電光掲示板の上のポールに掲げられた半旗が証明している。
災害が起きた4日後の8月24日、浦和は広島への義援金募金活動をスタート。柏木陽介・槙野智章・森脇良太・李忠成・西川周作といった元広島の選手たちが先頭に立ってサポーターに呼びかけ、J1リーグ戦第22節のさいたまダービーの会場だけでなく、レディースやユースのホームゲーム会場、さらに練習場でも義援金を募る。広島出身の槙野は試合前に避難所を訪問し、被災した方々を勇気づけた。
昨日、浦和は広島に義援金の目録を手渡した。その総額は526万4942円。共にJで戦う者同士の友情が表現された義援金は、サンフレッチェ広島を通して広島市に贈られることとなる。
「対戦相手は、憎むべき敵ではない。共にサッカーをプレーする仲間なんだ」
広島・森保一監督の口癖であり、実際に彼は「敵」という表現は使わない。浦和・ペトロヴィッチ監督も「相手へのリスペクトを忘れてはならない」と広島時代から口にしていた。そのベースがあるからこそ、試合前に選手は互いに(審判も含め)握手をかわし、試合後もまた握手する。互いが仲間だという信頼がもしなければ、接触プレーが許されるサッカーは凄惨なものになり下がるからだ。広島と浦和の間には様々な因縁が存在することは間違いないが、それでも広島の悲しみに対して浦和が見せたような友情が存在するからこそ、球際激しくぶつかることができる。激しさは不信から生まれれば凄惨になり、信頼から発生すれば躍動につながる。様々な恩讐や対立、利害関係は人間社会である以上常に存在するが、ベースに相手を尊重しあう気持ちが絶対的に必要だ。その鉄則を証明したのが、昨日の広島対浦和戦だった。
この試合を一言で表現すれば「球際」だろう。
この試合の広島は、「セットした守備」ではなく「ボールを奪いに行く」やり方を選択した。前線からしっかりとプレーを限定させた上で次の一手を予測し、相手よりも前に出てボールを奪った勢いで攻撃に移行する。8月16日に浦和と対戦した時(J1第20節)は、相手のプレーに対するリアクションからの守備だったのに対し、この日は仕掛ける守備ができていた。
「ようやく、守備のスイッチが入り始めた」
この日、何度も相手ボールを奪った森崎和幸は指摘する。守備意識の高まりが全体に浸透し、ボールの取りどころが明確になっていた。その象徴が、興梠慎三に入る縦パスを何度も前でカットした千葉和彦だろう。ポジションを深めにとり、カバーの意識が強い背番号5だが、徳島戦(J1第22節)からは「前に出る」守備が目についた。前半、広島が主導権を握ったのは、千葉のアグレッシブさがラインの押し上げやコンパクトゾーンの形成に大きく寄与したから。クラブ選出のマン・オブ・ザ・マッチの受賞も納得できる。
球際とは、身体をぶつけあってボールを奪い合うだけではない。激しいポジションのとり合いを制し、相手よりもいい形でボールに触れて、次につなげられるかの勝負を握るのは、フィジカルに加えて身体を前に入れたり手を効果的に使ったりなどの技術やスキル、相手のプレーを予測し試合の流れから次のプレーを判断し、やるべきことを決断する戦術能力も含めた、トータルのクオリティ。そこで前半は、広島が上回った。42分に佐藤寿人が放ったシュートがポストに当たるなどの不運やファイナルサードでのミス(このあたりが、まだ復調途上という部分)がなければ「広島にリードされてもおかしくない」というペトロヴィッチ監督の言葉どおりの展開だった。
試合の流れが変わった瞬間が、後半は2度訪れた。最初は浦和の鈴木啓太・李忠成投入である。2人の投入で運動量を回復させた浦和は、森脇良太のインタセプトが増加するなど球際でも上回るようになり、また効果的なロングボールで広島を押し込むことに成功。69分には森脇のスルーパスから興梠とつなぎ、李のシュートがポストに直撃。その後もペースを握り、アウェイゴールを奪う可能性が現実化した。
その流れを押し返したのが、75分に登場した青山敏弘である。前半の運動量が低下した広島を活気づけ、「前へ、前へ」と走ることで再びチームを引っ張りあげた。もちろん100%の状態とはまだ言えないが、球際の力強さを呼び起こさせ、ゴールへの香りを復活させた背番号6。ピッチの外からずっと大声を張り上げ、仲間を叱咤激励していた広島の闘将がピッチに戻ってきたことで、紫に勇気と自信がよみがえった。
「引き分けは妥当」。
ペトロヴィッチ監督は試合をこの言葉で総括する。球際の戦いで勝利しているほうがペースを握る、典型的な戦いだった。アウェイゴールを奪えなかった浦和だが、次は広島戦で圧倒的な優勢を誇る埼玉スタジアムでの戦い(リーグ戦8勝1分1敗)。広島にとってホームでの引き分けは痛いが、対浦和戦の連敗を止め、第2戦で得点を奪えばアウェイゴールで優勢に立つ。それぞれの希望を抱えた決戦は、日曜日だ。
以上
2014.09.04 Reported by 中野和也
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