サッカーの世界では、時に信じがたい出来事が起きる。
たとえば、ワールドカップではオランダがスペインを5−1で下したわけだが、試合後こそ様々な論評がなされたが、戦前にこの結果を予測しえた人は皆無だったと言っていい。また、ブラジルが1−7でドイツに敗れたことも、「ドイツ有利」までは見抜いた人は少なくなかったが、これほどの大差までは想像もつかなかったはずだ。
Jリーグでも「驚き」が、前年王者の広島を襲っている。再開初戦の横浜FM戦では1−0とリードした後半アディショナルタイムで2失点を喫し、逆転負け。前節の大宮戦では3点差を追いつかれて、辛くも引き分け。どちらもサッカーの常識からは「可能性としてはありえるが、ほとんどありえないこと」のはず。だが、それは現実として起きた。その当事者が昨年はリーグ最少失点を誇った広島だったことも、やはり「驚き」である。
この結果によってショックを受けないはずがない。大宮戦後、塩谷司は悄然とした表情でバスに乗り込み、森崎和幸は「勝ち方を忘れてしまている」と嘆いた。森崎浩司は「3点差になった後、チーム全体に緩みが出た」と指摘し、山岸智は「3点差を追いつかれるなんて、ありえない。もっと危機感が必要」と悔しさをはき出した。
昨年も第23〜25節までの3連敗があったが、この信じがたい2つの結果を導いた広島の状態は、当時よりもさらに悪い。その要因は何か。そこに「メンタル」を求めてしまうと、戦術的や技術的なミスをぼかしてしまい、修正ポイントが曖昧になりがちである。だが、わずかな時間で失点を繰り返し、ドタバタと慌ててしまってミスを呼び起こすポイントは、やはり精神的な不安定さから起因すると言わざるをえない。さらに大宮戦で負傷交代した青山敏弘は椎間板ヘルニアの疑いがあり、森保一監督も「長期離脱は覚悟している」。ワールドカップ戦士の不在により、広島は攻撃の起点+強烈なリーダーシップまで失ってしまった。
さて、柏のネルシーニョ監督といえば、広島対策のパイオニア的な存在である。2012年、自らのホームで広島に圧倒的な攻撃力を見せつけられて2−5と敗れて以降、彼は紫軍団の戦術を徹底的に分析。当時、攻撃の切り札的存在だったジョルジ ワグネルにもマンマーク守備を命じるなど、スペシャルな戦術を準備して広島の良さを徹底的に消した。2013年のFUJI XEROX SUPER CUPこそ広島に完敗したが、あの時は柏が新システムを試している時期。ネルシーニョ監督が本気で広島を潰しにかかったリーグ戦では、2012年の秋以降1勝2分と柏は広島に負けていない。
今回もおそらく、広島のパスワークや攻撃パターンを研究しつくし、対策は万全に整えてくるだろう。田中順也やレアンドロ ドミンゲスといった優勝の主力が相次いでチームを去ったが、それでも彼らにはレアンドロや工藤壮人がいる。個々の能力の総和でいえば、やはりJトップクラスといっていい。得点力こそ、1試合平均1.07と物足りないが、一方で平均失点は0.93。守備の力強さを武器に、まだまだタイトルを狙える位置にいる。
だが、今の広島にとって、柏の出方どうこうを考える余裕はない。まずは、自分たちがやるべきことをしっかりと思い出すことだ。
「確かにこの2試合の結果はショックだ。しかし、それで傷つき凹んで、終わったことをずっと引きずっているようでは、いいプレーは生まれない。自分たちが受けた傷や悔しさを次の試合へのエネルギーに変え、プロとしてベストを尽くす『リバウンドメンタリティ』を持つ選手たちが、ウチには揃っているはずだ」。
森保監督は、選手を信じている。青山不在という危機についても「もちろん残念だけど、それは他の選手がここまで頑張ってきた成果を見せるチャンスにもつながる。アオのプレーを模倣するのではなく、チームとしての役割を果たしながら、自分の個性を発揮してくれればいい」と代わりに入る選手への信頼は揺るぎない。たとえ起用した選手が機能しなくても、彼は「それは自分の責任」と言い切り、決して選手を批判したりはしない。その指揮官のブレない信頼に、今こそ選手が応える時だろう。
大宮戦で2得点をあげ、三浦知良選手の持つJ1通算得点記録を凌駕した佐藤寿人は「問題は必ず修正できる」と力強く語った。森保監督は「今はいろんな意味でチームが試されている。ただ、どんな苦境でも一丸となって戦えば乗り越えられると信じているし、また一つチームとして成長できる」と信念を口にした。
必ず、乗り越えられる。
そう信じて、再び船をこぎ出すしかない。サポーターの声援という風を帆に浴びて、戦いの海に身を投じる覚悟を決める時なのだ。
以上
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