1976年6月26日、日本武道館で「世紀の一戦」が行われた。モハメド・アリ対アントニオ猪木。ボクシングの世界ヘビー級チャンピオンかつ世界的なスーパースターに対して日本のプロレスラー・アントニオ猪木が挑戦したこの戦いは、世界中の注目を集めた。結果は15Rで引き分け。ほとんど打ち合うことも組み合うこともなく、全く盛り上がりに欠けたこの試合は、当時「世界的茶番」と評された。だが後の格闘家たちはこの試合を「世紀のリアルファイト」と呼び、再評価する向きも強い。
広島vs横浜FM戦の前半は、まさに格闘技でいうところの「猪木・アリ状態」に入ったかのようだった。一方が寝て一方が立ち、互いにリスクを冒せずに手が出せない状態。藤本淳吾のシュートや山岸智の突破など、具体的なチャンスは数えるほどだ。
真剣勝負の場合、得てしてこういう状況にはまってしまう時がある。仕掛ければ隙ができ、そこから決壊してしまうのを怖れ、リスクを冒す決断ができない。ただ、確かに真剣勝負の緊迫感はあったかもしれないが、あまりに駆け引きが深すぎて多くのサポーターが理解するのは困難だった。
後半、「猪木・アリ状態」を打破したのは、ホームの広島だ。両ワイドの山岸や柏好文が積極的に仕掛け、球際での強さを発揮し、前へ前へとボールを運ぶ。56分、柏のクロスを佐藤寿人が小林祐三と競り、こぼれたところを石原直樹が押し込んで広島が先制したのだが、それは勇気を持ってリスクを冒した広島へのご褒美だった。その後もペースは広島。62分、CKが落ちてきたところを佐藤がフリーでシュート。枠を外してしまったが、追加点まであと少し、というところまで来た。
その直後、樋口靖洋監督(横浜FM)が交代のカードを切る。右サイドで機能不全に陥っていた藤本に代えて兵藤慎剛を起用。当初はボールにほとんど絡めていなかった兵藤だが、運動量を活かしたプレーを表現することで右サイドの主導権を握り返す。78分には中村俊輔のミドルシュートで林卓人を襲うなど、広島にとって少しずつ不気味な展開になりつつあった。
森保一監督(広島)は前線の運動量をあげて高い位置でボールを保持するべく、佐藤に代えて野津田岳人を投入し、石原を1トップに。80分のこの采配は広島にとっては決して特別な策ではなく、最近の定番だ。その2分後、樋口監督は勝負を賭ける。ボランチの中町公祐をベンチに下げて、前線に運動量のある端戸仁を起用。小椋祥平と中村を縦並びの3列目で組み合わせ、伊藤翔・端戸の2トップの下に齋藤学と兵藤がいる形になった。結果的に、この采配が的確に結果と直結する。一方で野津田の投入は、中村がズバリと指摘したように「エネルギッシュ」ではなかった。さらに山岸が足をつって交代した後のファン・ソッコも、横浜FMの右サイドからの攻撃を止められない。
90分、ワンツーでファン・ソッコが突破を許し、クロスの連打。広島、クリアが小さい。小林をつかまえきれない。縦パスだ。
齋藤、胸トラップ。兵藤が齋藤とDFの間に入って、塩谷をブロックする好アシスト。振り向きざまのボレーだっ。
決まった。信じ難いスーパーシュートだ。
この男、やはり仕事ができる。そしてその仕事は、広島のメンタルを打ち砕いた。
90+4分、FKのクリアボールを榎本哲也が蹴り返す。前線に残っていた栗原勇蔵が競ったボールに端戸と水本。競り合ったボールは前にこぼれた。
齋藤が詰める。林卓人が出る。こぼれた。伊藤だ。
シュートッ。
奇跡といっていい逆転劇は、広島の先制弾同様にリスクを受け止めた横浜FMが正当な利益を得たと言っていい。一方の広島はACLのウェスタンシドニー戦を思わせるような崩れ方。前線でキープできない稚拙さで、後半途中まで完全に支配していたゲームを落としてしまった。
この試合について、深く考えさせられる。後半の戦いは、確かに見応えがあった。終了間際、力ずくでねじ伏せようとする横浜FMと必死で跳ね返す広島が織りなす情景は、胸を熱くした。だからこそ、どうしても前半の45分間がひっかかる。
勝利こそ、サポーターへの最大のプレゼント。それは当然だし、そのために地味な駆け引きも必要だろう。だが、それが「猪木・アリ状態」のようにまでなってしまうと、戦いがサポーターに伝わりにくくなる。駆け引きも大切だし、それも戦術の一つ。我慢も必要だ。だが、そればかりが優先された前半よりも、やはり互いがリスクを冒してパッションをぶつけ合った後半のほうが、単純におもしろい。
プロであれば、我慢と情熱のバランスがうまくとれた激突が見せられるはずだ。ドラマティックすぎるほどの劇的な結末を噛みしめながら、横浜FMの最後まであきらめない情熱に打たれながらもなお、そんなことを考えた。
以上
2014.07.16 Reported by 中野和也
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