ここはどこなのだ。仙台なのか、奈良なのか。勝負に敗れた仙台(J1)が大ブーイングを浴びたと思ったら、勝者の奈良(関西リーグ1部)は両側のゴール裏から大きな拍手とコールを贈られた。かつて仙台に所属していた奈良のシュナイダー潤之介と岡山一成は、仙台時代の応援歌を仙台側から歌われた。そして奈良が普段の試合で勝利したとき以上の盛り上がりで、勝利の儀式“奈良劇場”を開催した。
それが7月12日、14時55分頃のこと。場所はユアテックスタジアム仙台。
いったい、どうして、このようなことになってしまったのか。
前半は仙台ペースで進んでいた。仙台は立ち上がりに奈良の瀬里康和と鶴見聡貴の2トップに速攻を仕掛けられたものの、それを食い止めるとじっくりチャンスをうかがう。相手の帰陣が早かったために遅攻を多めにしていたが、チャンスでは奈良の守備陣を引き出すパスや、太田吉彰らの突破でスペースを作る。33分の先制点も梁勇基がボランチの位置から奈良の裏をパスで突いたもの。奈良DFも戻りながら処理しようとしたが、すかさず走り込んでいた柳沢敦がボールを奪い、ゴール前へ。確実に決めて、1-0とした。
「前半は0-0でいきたいと思っていたので、与えたくない失点」というシュナイダーだったが、「0-2になると試合が終わってしまう。なんとか0-1で耐えたかった」と気持ちを切り替えた。
奈良の中村敦監督は「先制されたにもかかわらず、あきらめずに最後まで走り切ったこと」を、試合後に勝因として挙げた。そのとおりに、奈良の選手たちは先制され、その後に仙台にたたみかけられても、ゴール前を固めて2失点目を防いだ。仙台が後半最初の攻勢でシュートミスを繰り返したこと、そして後半になると「パスを受けるアクションが減った」(渡邉晋監督)ことも、点差が広がらなかった要因だった。この展開が続くと、奈良ゴール前のスペースはどんどん狭くなり、逆に仙台ゴール前のスペースはどんどん広くなる。
そして後半の選手交代が大きく試合を動かした。気温が30度を超えたこの試合では消耗が激しくなるため、選手交代が与える影響も大きくなる。奈良の中村監督は仙台の2トップのタイプを考え、62分に「機動力を考えてセンターバックを代えました」。そして「僕たちは普段からこういう暑い状況でリーグ戦を戦うことが多いし、“給水タイム“も含めて経験しています。もう、『暑くなれ』と思っていました」という岡山が、66分に投入された。一方の仙台は早めに攻撃の選手を2人交代。しかし3人目の交代を73分に行ったときには、前線の人数が足りなくなっていた。
どちらのチームにとっても最後は練習でも馴染みがない布陣になったが、「似たようなことはしていたので、選手は何とか対応できるかなと」(中村監督)いう奈良が優位に立った。
これまで最終ラインの裏に隙を作っていなかった仙台だが、システム変更後は裏を取られるミスが増えてきた。75分にはミスから右サイドに穴ができ、瀬里のラストパスに小野祐輔が合わせて、同点ゴールが生まれる。
消耗が激しく延長戦は避けたい仙台は、この後さらに攻撃に人数をかける。となると、後方のスペースはさらに広がる。奈良がカウンターを仕掛けても仙台が1対1で止められれば問題がないのだが、問題はそれができなかったときだ。
そして86分、ジョーカー役の岡山によって、決勝点が生まれた。仙台が二見宏志のロングスローなどでチャンスを作っていた背後を突き、鶴見がインターセプトからすかさずパス。それはヘディングが得意な岡山の足下に入ったのだが、岡山はこれを見事な回転がかかったシュートで蹴り込んだ。奈良は最後尾のシュナイダーに至るまでサポーターの前に駆けつけてのお祭り騒ぎ。そして、仙台の終盤の猛攻も跳ね返し、1点のリードを守り抜いた。
まさに劇的展開、まさに“奈良劇場”。奈良は1回戦に続いて下克上を達成した。しかも、カテゴリーの差は2回戦の方が大きい。
敗れた仙台にとって、天皇杯で喫した“ジャイアントキリング”はこれが初めてではない。しかしここまでのショックは初めてだ。「全てにおいて私の甘さ、油断、隙、そういったものが出た結果」と渡邉監督は選手をかばったが、負傷で主力を欠いても攻撃のレベルアップを果たさなければいけないことなど、チーム全員で分かち合うべき課題が残った。
そして奈良だ。「仙台に勝ったということは、どのチームにも勝てる可能性があるということ」とは岡山の言葉だが、大きな自信を得てこの先も走り続ける。天皇杯での“奈良劇場”は、まだ終わらない。
以上
2014.07.13 Reported by 板垣晴朗
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