すばらしいスタートである。昨季2引き分けの福岡をホームに迎えた熊本は、2011年以来、3年ぶりとなる白星発進。小野剛新監督の初陣を飾った。
試合を振り返ってみれば、局面での1対1の勝負もさることながら、明暗を分けたのは的確な状況判断だったと言える。この一戦に臨むにあたり、小野監督以下熊本の選手たちは福岡に対し「守備も攻撃も非常にアグレッシブである」というイメージを描いていた。「そのプレッシャーに怖じ気づかずに、チャンスと捉えることができるかどうか」と、小野監督も話している。果たして、前半に風上のエンドを選んだ福岡が高いラインを敷いていると見るや、熊本はキックオフ直後からその背後を執拗に狙い続けた。
「繋ぐところと裏を取るところを、かなりバランス良くやってくれた」と小野監督が言えば、オフサイドの判定で得点こそ認められなかったものの開始40秒に右足のシュートを決めるなど、その背後に何度も飛び出していた仲間隼斗も、「相手が前からくるのはわかっていたので、食い付いた背後はウイークポイントとして狙っていた」と、相手の状況をみた攻撃を意図的に仕掛けていたことを明かす。しかしこれは福岡に対して、ということではない。ここまでのプレシーズンで、「向こうが下がったら落ち着いて繋ぐ、相手の攻撃が終わった時に必ず空くスペースを突くことはやってきた」(小野監督)という、トレーニングの賜物。つまり、ピッチ上で選手たちが主体的に判断していたということだ。結果として90分間で12のオフサイドを記録していることからも、福岡の裏を狙う意識がいかに強かったかがうかがえる。
守備においてもそれは同様で、「相手はロングボール主体で攻撃してくる」(小野監督)ことを踏まえ、前線からのプレッシングで出どころをチェック。1アンカーの中原秀人に対してもFWと2列目からのプレスバックで挟み込み、福岡の持ち味である攻撃陣の流動性を消し込んだ。プノセバッチへの長いボールに対しては矢野大輔と篠原弘次郎のセンターバック2人が競って収めさせず、コンパクトな距離感を保っていたことでセカンドボール争いでも優位に。ボールを奪えばすかさずサイドや背後へ展開し、あるいは前にスペースがあれば奪った所から持ち上がる。そうして、「いい形で取れて、初めの方なので思い切って打ってみようと思った」という篠原のプレーから得たFKが、今シーズンのファーストゴールにつながった。
33分、ゴール正面やや右寄りの位置、セットされたボールを前に立ったのは、ルーキーながら開幕スタメンの座をつかんだ中山雄登と、養父雄仁。距離は約30mあり直接狙うには難しい場所だ。福岡としては中山の左足と養父の右足という2つの可能性を予測していただろう。だが彼らが見せたのは3つめの選択肢である。味方選手に養父がポジションを指示するジェスチャーをしている間に中山がボールを短く転がしてインプレーにすると、そこへ走り込んだのは片山奨典。振り抜いた左足から放たれたボールは、寄せに来た福岡の選手の間をすり抜け、GK神山竜一を一旦右へ動かした後、左へと曲がる――まるでグライダーが旋回するような――鋭い軌道を描いてネットに突き刺さった。
後半に入ると、森村昂太に変えて石津大介を投入した福岡の攻撃が勢いを増した。しかし全体的に前がかりになることはすなわち、前半以上に後方に大きなスペースを生み出すことを意味する。52分、自陣CKの守備からこぼれたルーズボールを仲間が拾って持ち出した場面は、そのまま仕掛けていれば数的に1対2の状況で引っかかっていた可能性があるが、右サイドから長い距離を駆け上がったのはDF園田拓也。仲間はリターンを受けるつもりで園田に開いたようだが、園田はGK神山のポジションを見てダイレクトでのシュートを選択し、左足でふわりと浮かしたループ。これが神山の頭上を越えてゴール左隅に決まり、2−0とリードを広げた。「スプリントを繰り返す能力と、左足が効果的」との言葉の通り、サイドバックとして起用した小野監督の判断にも唸らされる。
その5分後、福岡は石津のドリブルから右をえぐり、平井将生のマイナスのクロスから坂田大輔が決めて1点を返すが、熊本は最後まで全員でゴール前を固めて跳ね返し続け、非常に厳しい試合をモノにした。
敗れた福岡は立ち上がりから守備のバランスが悪く、特に両サイドバックの背後にできるスペースのケアが不十分だった。それでも、石津を投入して以降は流れを引き寄せ、89分の金森健志のシュートがポストを叩く等、追いつくチャンスがあったのも確か。試合後、マリヤン プシュニク監督が口にした「試合前の指示に対して、選手たちはリスペクトしなければいけない」という言葉が気になるが、攻撃陣にはタレントが揃っているからこそ、その良さを発揮するためにも特に中盤の守備の整備が求められよう。京都を迎える次節のホーム開幕戦(3/9@レベスタ)で結果につなげたい。
一方、史上2度目の開幕勝利を飾った熊本。篠原が言うように、「なかなか練習試合で結果が出なかったけど、ホームの開幕戦、しかもバトル・オブ・九州で結果を出せたことは間違いなく自信になる」というのは偽りない本音であり、チームにとって大きな一歩であることもまた確か。それでも、攻撃に転じてチャンスになりそうなところでパスが合わない場面が目についたこと、さらには失点につながったファーサイドのケア等、修正しなくてはならない部分が見えたことも忘れてはならない。「いい試合をしたけど、絶対これで満足するなよ、という話はしました」と小野監督も言い、試合後の表情も次に向けて引き締まっている様子だったことを考えれば、この勝利があくまで通過点に過ぎないことは選手たちも理解している。戦いはまだまだこれからだ。
以上
2014.03.03 Reported by 井芹貴志
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