村山智彦が「自分は初めてだが、これが“山雅劇場”なのかな……」と、例えようのない表情を浮かべながら、激戦を振り返った。先制されながらも、追いつき、しかし1-1のまま後半アディショナルタイムへと突入。試合終了の笛の音が鳴る直前にドラマチックな逆転弾。幾分肌寒かったアルウィンだが、その瞬間、沸点に達した。

船山貴之が復帰し、従来どおりの3-4-2-1で挑む松本。対するは主力4選手を欠きながらも個人でのドリブル突破に長けた坂田大輔・石津大介・三島勇太を前線に配置した4-3-3にも4-5-1にも見えるフォーメーションを敷いた福岡。シュート数（松本が6本、福岡が5本）を見ても分かるように、前半はまさに一進一退の展開。本来ならば松本としては前節の7失点のイメージを払しょくするためにも先制ゴールが欲しいところだが、「思ったよりも福岡さんが我々のストロングなところを消してきた」（反町康治監督）こともあり、なかなかゴールへと迫れないが、CKやミドルシュートでゴールネットを揺らすべく積極的な姿勢を見せる。一方の福岡はボール保持力も高く、前線の選手がポジションチェンジを繰り返しながら隙をうかがう。お互いにチャンスは作っても決定機までは至らないといった雰囲気のまま前半を折り返す。

後半開始直後の3分、先にチャンスをものにしたのは福岡。中央に走り込んだ石津が金久保順からパスを受けるや否や、一気にギアをトップに上げた。そのまま松本ディフェンス陣の間を強引に突破すると、右に詰めていた三島へラストパス。千歳一隅の機会を生かし、福岡が先制に成功。「玉林（睦実）の身体が重く、変な奪われ方をしてしまった。飯田（真輝）もあの時だけ軽かった」と反町監督が唇を噛む失点により、ゲームは動いた。

この得点が引き金になったわけでもないだろうが、徐々に試合は激しくなる。骨の軋む音が聞こえてきそうなフィジカルコンタクトが各所で起こり、場内が騒がしくなりつつあるなか、ゲームを振り出しに戻したのは、一度は接触プレーで外に出た岩上祐三だった。しばらくは足をかばうような走り方を見せていたが、船山貴之のシュートを神山竜一が弾いてラインを割った瞬間にロングスローの投げ手としてボールを預かった。「わざと低めの速いボールを投げた」というボールは、「コースを代えれば」と脚を出した喜山康平がコースを微妙に変え、最後は「後ろにいてタイミングを計っていた」飯田が飛び込んで、ゴールネットへと突き刺した。

そして後半アディショナルタイムの劇的な逆転劇も、端緒は岩上のロングスロー。山なりのボールが混戦のゴール前に飛び込み、船山のシュートは一度ポストに跳ね返されるが、諦めずにこぼれ球を折り返した先に待っていたのは喜山。利き足ではない右足ながら「気持ちで蹴り込んだ」というシュートは、値千金の決勝ゴールとなった。

「悔し涙を無駄にするな」と反町監督は前節の大敗後に選手をそう鼓舞した。その指揮官の声、そして苦しい時こそ選手たちの背中を押そうとアルウィンに足を運んだサポーターが引き寄せた勝利でもあったことは、試合後の選手たちから「サポーターのため――」という声が聞かれたことが証明している。もちろん福岡も勝ちたい気持ちをむき出しにしてピッチを走り続けていたが、その気持ちは、ほんの少しだけ松本の方が上回っていたようだ。

以上

2013.10.28 Reported by 多岐太宿