リーグ戦7戦負けなしで2連勝中の山形と、前節・愛媛戦のスコアレスドローで連敗を3で止めた富山。今季リーグ戦の直接対決では、わずか2週間前に行われた対戦も含め山形がいずれも圧倒して2戦2勝。そうした近況から導き出される「山形有利」の予想は、富山の執念の前に立ち消える。90分、延長戦、そしてPK戦と常にリードしたのは富山。しかし、山形は奇跡的とも言える粘りで崖の淵から這い上がり、12人目まで達したPK戦を制した。

「3枚並べようと思ったら並べられるんですが…」。富山のバックラインに負傷者が続出しているのは事実だったが、システム変更に踏み切った狙いにはより切実な思いと戦略的な狙いがあった。安間貴義監督は言葉を継いだ。「前回、そのメンバーで山形さんに力を見せつけられて敗れている。2週間でそこが成長してるかといったらそうではないと思う。同じやり方をしてただなんとなく負けるのは嫌だったので、ちょっとやり方を変えてやりました」。足助翔と池端陽介をセンターバックとする4バックを形成。前線の2人は苔口卓也が前、白崎凌兵がトップ下の縦関係となった。

「少し受けて立つような立ち上がりになりました」(奥野僚右監督)という山形に対し、4分から4本のコーナーキックを続けた富山は序盤の主導権を握る。自陣では相手攻撃陣を把握しながら素早くプレッシャーをかけ、両サイドハーフの山崎雅人、伊東俊に前を向くプレーを許さなかった。特に山崎には右サイドバックのヤン ヘジュンがピタリとマーク。山崎もよくセカンドボールを拾い、大きな動きでマークをはがす工夫を見せたが、ヤンがそれを上回る執着心で自由なプレーを許さなかった。また、富山は奪ったあとは山形のバックライン、特にサイドバックの裏のスペースを突く戦術を徹底。苔口はロングボールで抜け出すほか、下りてサポートの選手に落として裏へ走るなど攻撃のリズムを作った。

その劣勢のなか、山形が決定機を迎えたのは25分、中央でくさびを受けた林陵平がボールをキープしながら、右サイドのスペースに走り込む中島裕希にパスを送る。中島のシュートをGK守田達弥が弾きこぼれ球には伊東俊が詰めたが、このシュートは相手ブロックに当たり枠の外へ。コーナーキックを一つ挟んで迎えた26分にも右サイドから中島がクロスを差し込んだ。林がニアで潰れ、中央で堀之内聖がフリーになったが、シュートはバーに跳ね返った。

この時間、押された富山は下がり気味になり2トップが孤立。さらに右サイドハーフでプレーしていた木本敬介が負傷で國吉貴博と交代するアクシデントもあったが、その直後の35分、中盤で大西容平がヘッドで押し返した浮き球をさらにヘッドで返そうとしたロメロ フランクのボールは後方へそれ、國吉のテリトリーにこぼれてきた。「相手のクリアがこぼれると思って裏を狙ったところにクニ君（國吉）がダイレクトで出してくれた」とギャップを見逃さずに飛び出す白崎に、入ったばかりの國吉が丁寧なパスを合わせると、トラップからシュートを流し込むまで、落ち着いて仕事を果たした白崎の移籍後初ゴールで富山が先制した。

「前半の状態をリセットしてほしい」。ハーフタイムのドレッシングルームで奥野監督はそう話すとともに、「こちらが相手陣内でどれだけ仕掛けていけるかがこちらのチャンスにつながっていく」とバランスを考えたなかで積極的に攻撃する姿勢を促した。開始直後、自陣からのフリーキックをGK常澤聡が蹴り、林が裏へフリックしたボールに中島が走り込んだが、左サイドバックの谷田悠介がカバー。続くコーナーキックを堀之内がニアで合わせ、直後にはロメロ フランクがミドルレンジからシュートを放った。

富山ゴール前で接触があり、GK守田の治療のため3〜4分間中断。明けた2分後の63分、山形が右サイドで起点をつくる。サイドバック・山田拓巳がコーナー付近まで踏み込み、戻したボールをロメロ フランクがダイレクトでクロス。ボールサイドに引きつけられ守備が手薄になった富山のゴール前で、林がヘディングで押し込んだ。ゴールパフォーマンスは、指で示された「2」。これから手術と長いリハビリに向かう小林亮の背番号だった。「自分のゴールで少しでも『亮さん、頑張れ』というメッセージと、亮さんのためにゴールを決めるという思い」で、スタンドで見詰める小林に向けられた。

このあとも林がスペースで巧みに起点となるなど、山形が終始攻め立てる。80分には中島の右クロスに、右サイドバックから飛び出した山田がファーサイドでヘディングシュート。84分のコーナーキックでは守田がパンチングしたボールを中島が空中でコントロールからのボレーシュート。帰陣の足が遅れていた富山に対し、山形は後半のシュート数で10対2と圧倒。しかし、アディショナルタイムにはカウンターで中島が起点となり、途中出場のキム ボムヨンがフリーでシュートを打つなど決定的なシーンをつくりながら、試合を終わらせる一撃はついに生まれなかった。

照明が入り、雨脚も強くなってきた延長前半、山形は2枚目のカードとして山崎に代えて新戦力・ペーニャを投入。富山のボランチが下がり目のため、スペースに余裕が与えられた中盤でバックラインからボールを引き出すと、成功率は低かったものの前方へ積極的にボールを付けるプレーを続けた。一方、富山はロングボールを徹底。特に後半途中から投入された西川優大はキム ヨングンや谷田から縦のロングボールを引き出し、延長前半途中に谷田から代わった舘野俊祐からのフィードも裏でしっかりと収め、クロスやシュートまで持ち込んだ。

延長後半の立ち上がりは山形の中盤へのプレッシングが甘く、富山はボランチのキム ヨングンから左サイドのスペースへ大きく展開。サイドで優位に立ったソ ヨンドクはドリブルで相手を引きつけたあと、ニアの白崎にスイッチ。やや角度的には厳しかったが、「仕掛けたら相手がバランスを崩すのが見えていた」と狙いすましたシュートを遠いサイドに流し込み、富山が再びリードを奪った。

山形は堀之内に代えて大久保剛志を投入し、攻撃の活性化を図る。疲労の色は濃かったが最後の力を振り絞り、残り5分過ぎから怒濤の反撃。大久保の仕掛けで得たコーナーキックでは、西河翔吾がヘディングシュート。枠の中に飛び込む寸前で守田に掻き出されたが、直後のコーナーキックでもクリアのセカンドボールをキム ボムヨンがヘッドで打ち返した。しかし、その直後にカウンターから決定機をつくったのは富山。舘野からのロングボールでまたも左サイドのスペースへ抜け出した白崎から、中央ボックス内でマークが外れていた西川へ。ダメ押しかと思われたシュートは、しかしバーを大きく越えていった。首の皮1枚の山形は119分、サイドチェンジから左サイドでボールを受けた中村太亮が、左足で巻いたアーリークロスをゴール前に送る。中央では林が飛び込んできていたが、そのパスコースを塞ぐように守田が前に出てキャッチングの態勢に入っていた。しかしその守田の目の前で、戻ってきて必死のクリアを試みようとした足助の足がボールのコースを変え、そのまま枠内に転がっていった。富山はアディショナルタイム終了直前のスローインで山形の隙を突き、白崎のシュートが逆サイドのポストを強襲したが、これは決勝点とはならなかった。

120分のスコアは2-2。土壇場で起きた奇跡により、山形はPK戦に持ち込んだ。先攻で順調にゴールを重ねる富山に対し、山形は1人目・林、3人目・中島と2トップがともに外して1-3。富山4人目のキム ヨングンが決めればその時点で富山の勝ちが決まったが、キムのシュートはバーを叩き、5人目の舘野も常澤に止められ3-3でサドンデスに突入。6人目から9人目まではともに成功したが、「キッカーが体を開いたほうに蹴る傾向があった」と冷静にコースを見極め始めていた山形のGK常澤が10人目の大西をストップ。この試合で初めて優位に立った山形は、10人目の山田が決めれば勝利という場面を迎えたが、山田のシュートは枠左へとそれた。互いのキーパーがゴールを決めてキッカーは一巡。2度目のキッカーとなった白崎を常澤が止めると、1本目で決め損ねた林がここではきっちりと決め、苦しんだ山形が死闘を制し歓喜のときを迎えた。

トーナメント戦最大の目的をあと半歩のところで逃した富山だったが、変えたばかりのシステムで、分が悪かった山形を追い詰めるゲームができた。「結局負けているこの勝負弱さのところはあるんですが、勝てそうなところまで来ているので、これを今度の残り10試合、勝点取るか取らないかの勝負をしていきたいなと思います」(安間監督)。負傷者続出で厳しい状態が続いていたリーグ戦に、小さくない収穫を持ち帰れる一戦となった。

リーグ戦では常に先行する理想的な試合運びを続けていた山形は、この試合に限っては120分間とPK戦に至るまで終始相手を追う苦しい展開。万事窮するところに何度も追い込まれながら、ホームの力も得て、次のステージへと駒を進めた。「際どいシーンが多かったわけですけれども、こうした120分戦ったなかでも選手たちがタフになってきたなということを本当に実感しました」と奥野監督。あきらめなかった末に起きたこの試合のミラクルは、今後、危機的な状況を迎えたときの勇気にできるものだ。

以上

2013.09.08 Reported by 佐藤円