柏レイソルが、サンフレッチェ広島に見えた瞬間があった。それは、後半の彼らの闘いぶりである。ネルシーニョ監督は、ほとんど攻撃面で機能しない前半のチームに修正を施した。ボランチが最終ラインに入ってストッパーがサイドに開き、両ワイドはほぼFWの位置まであがる。鈴木大輔や増嶋竜也がサイドを駆け上がり、ジョルジ ワグネルとキム チャンスの二人がゴールをどん欲に狙ってくる。これはほぼ、広島が生み出したスタイルである。2008年シーズン前半、森崎和幸が原型を発想し、当時のペトロヴィッチ監督(現浦和)がそのアイディアをブラッシュアップすることで広島の破壊的な攻撃力を引き出した「可変型フォーメーション」を、ネルシーニョ監督も採用したのである。この変更により、柏の攻撃の厚みは増した。だが、試合を制したのは「元祖」の広島。柏がJ1に戻って以降、5度目の対決にして初めて、結果・内容共に広島が制した闘いとなった。
勝因は何か、と問われればもちろん佐藤寿人のスーパーゴールである。練習試合5試合でわずか1得点、しかもPKのみ。その結果のみを以て「寿人は大丈夫か」という声もあがった。だが、キャンプをずっと見てきた者なら誰もが、「寿人は今年も健在」という手応えを感じていたはずだ。裏に飛び出す瞬間スピードは風の如し。クサビを受けてワンタッチではたき、次の瞬間にはもうDFラインを突破している俊敏性。「どうすればゴールを奪えるのか」を常に考え続ける思考。広島に移籍してきた頃と比較して身体の幅も広がり、上半身の筋肉に厚みを増したことで、ボールキープに安定感が加わった。
キャンプからビッグチャンスをつくり続けてきたエース。「あとは決めるだけ」の状態だったが、それがまさか、この大舞台で成し遂げるとは。身体を投げ出し、大きくひねりながらのバイシクル。強い意思がこもったシュートは、ポストを直撃してネットの中に転がった。広島移籍以降、公式戦164点目となる佐藤寿人のゴールの中でも、その発想や技術的レベルも含め、最高峰に輝くゴラッソ。昨年のJリーグで19勝2分2敗と圧倒的な成績を残した「広島の先制点」をエースがたたき出したことは、選手とサポーターに大きな勇気を与えた。
そのスーパーゴールを呼び込んだのが、ストッパーの水本裕貴だ。広島に移籍後2年間、彼はずっと「バランス」に腐心していた。攻撃面で力を発揮する森脇良太(現浦和)の力を引き出すためだ。だが、移籍当時のペトロヴィッチ監督は「ミズは本来、攻撃能力が高い選手。もっと、できるはずだ」と彼を評価。水本自身、「流れの中で点を獲りたい」と攻撃への意欲を隠してはいなかった。実際、今季のキャンプでは攻撃参加のタイミングにチャレンジ。清水航平という攻撃力に満ちた左ワイドをさらに追い越す動きを何度も見せていた。
先制シーン、水本が相手GKにプレスをかける位置にまであがっていたことがまず遠因。この時、中央に並んでいた柏の3バックは佐藤の存在にばかり気持ちが取られていた。左に開いた青山敏弘のクロスを予測し、ラインをそろえて佐藤を封じ込めようとしていたため、水本はフリー。青山も「ミズに当てて3人目」という意識が強く働いていた。「3人目」は広島のアイデンティティ。その選択肢は、全選手の中にある。ペナルティエリア前でフリーになっていた水本はこの時、佐藤の動きを全く見ていない。だが、彼は確信を持って、エースの動きを予測していた。「プル・アウェイする」という水本の読みどおり、佐藤は一瞬にしてマーカーの増嶋竜也の視界から遠ざかった。「寿人さんなら、あの場所にいるはずだ」と背番号4が考えたとおりのポイントに、背番号11は入っていた。目を合わさなくてもわかり合える意識のシンクロ。広島の戦いぶりを「熟成」と呼ぶのであれば、このシーンこそ象徴だろう。
もちろん、柏同様に広島のコンディションもまだまだ。ミキッチやファン ソッコという実力者は不在だし、中央でのコンビネーションを使って突破する広島の特徴も、まだ見せられていない。「発展途上」を象徴した内容ではあったが、それでも柏を下してタイトルを獲得できたことは、リーグ優勝という歓喜を経てチームが大きく成長できた証だろう。その「成長」のシンボルは、ジョルジ ワグネルやキム チャンスといった大物に一歩も引かず、堂々とわたりあった石川大徳と清水航平だ。国立競技場で行われたカップ戦のファイナルに出場した過去6試合、広島はすべてに先制を許し、90分での勝利はゼロ。「7度目の正直」でPK戦に因らない優勝を、森保一監督とその仲間たちはもたらした。前回のFUJI XEROX SUPER CUP制覇がJ2完全優勝(開幕から最後まで首位を譲らない)につながったように、広島に再び歓喜をもたらしてくれるのか。まずは2月27日(水)、ホーム・広島で迎えるAFCチャンピオンズリーグ2013初戦がその試金石となる。
以上
2013.02.24 Reported by 中野和也
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