「試合前だけで鶴川駅とスタジアムを7往復したよ。最初のお客さんは朝7時。そういえばみんな湘南サポーターだったなぁ」。タクシーの運転手も驚くほどのアウェイサポーターが、最終節の野津田に押しかけた。湘南ベルマーレは2位・京都と勝点1差の3位で、町田戦を迎えた。2位浮上、J1自動昇格を信じるサポーターの熱意は、アウェイ側チケットがホームより先に売り切れたほど。競技場直行のバスは混雑していたため、タクシーを使う人が多かったらしい。FC町田ゼルビアにとってもこの試合の重要性は同様で、最下位脱出、J2残留がかかっていた。両チームにとっては、勝点3が目標達成の最低条件だった。
湘南の先制点は電光石火だった。キリノ、ハン グギョンが球際で強く競り、永木亮太は左にパスを振る。岩上祐三はまずキリノに当て、リターンを受けると右に大きく展開。古林将太が絶好のタイミングで動き出し、エリア内に抜け出す。最後はキリノが古林のクロスにファーで合わせてゴールイン。「ボールを動かすところの長けている選手が多い」町田に対して、「いい形で引っ掛けてショートカウンター」を狙うという、曹貴裁監督が狙った通りの形だった。
湘南はその後も攻守に自分たちの形を出し続ける。8分には波状攻撃から岩上、キリノが連続シュート。これは相手GKにブロックされたが、湘南の優位は明らかだった。「何をするにしても1テンポ・2テンポずつ早い」と町田の修行智仁も舌を巻くように、判断と動きに躊躇がない。守備ではプレスのタイミングが早く、前で潰せないとみれば忠実に後ろへ戻る。ボールを奪ってからの切替も早く、しかも前にかける人数が多い。攻守どちらの場面でも、プレーに関わる人数が相手を上回っていた。
町田は13分に田代真一が初シュートを放ち、鈴木崇文の直接FK、北井佑季のミドルなど、前半に計4本のシュートを放っている。しかし鈴木崇が「ボールは持てているけれど、ペナルティエリアに入れていない」と振り返るように、相手を崩し切る場面はほとんどなかった。長い距離のスプリントを多用し、人をダイナミックに動かす湘南のサッカーが、町田の“ボールを動かすサッカー”を封じていた。
湘南の追加点は44分。大槻周平が岩上に近づいてショートコーナーを受け、ボールを下げる。古林が浮き球を中に折り返し、大野和成はハイボールに競り勝つ。最後は高山薫が大槻のポストプレーから左足を一閃。高山の弾丸ミドルにより、湘南が前半を2点リードで終える。
湘南は後半もペースを落とすことなく、ショートカウンターからチャンスを作り続ける。試合を決める3点目は67分。大槻が左サイドで阿部伸行のゴールキックに競り勝ち、古橋達弥は中にはたく。永木のスルーパスに反応したのが古林だ。彼は相手より不利な体勢だったが、50m以上のスプリントでボールに届き、中に折り返す。最初のプレーで起点になった大槻が、最後もボレーを合わせた。「周りを使ってもう一度動き直す意識」(高山)が、2点をリードした終盤でも徹底されているのは、今季の湘南らしい。
3-0と試合が決まれば、気になるのは京都×甲府戦の結果。こちらはスコアレスのまま動いていなかった。両方の試合がこのまま終われば、湘南は2位に浮上し、逆転の自動昇格が決まる。対する町田はこの敗戦が、即ち最下位決定を意味する。盛り上がる湘南サポーターと対照的に、スタンドの半分は重苦しい雰囲気に包まれていた。湘南は古橋、下村東美とベテランを投入して試合を落ち着かせると、86分にはクラブ在籍13季目の大ベテラン坂本紘司を起用。町田もキャプテン勝又慶典の投入などで反撃を図るが、ゴールは遠かった。
3分間のアディショナルタイムを経て、試合は3−0でタイムアップ。湘南は3連勝でシーズンを締め、3シーズンぶりのJ1昇格を決めた。京都の引き分けを知っている控え選手たちがピッチへ我先になだれ込み、昇格の喜びを仲間と分かち合う。キリノはひざまずいて天に祈りを捧げる。曹監督はベンチ前でコーチに羽交い絞めされ、もみくちゃにされていた。一方で呆然と立ち尽くしていたのが町田の選手たち。勝負の掟とはいえ、歓喜と沈黙の対比が残酷だった。
JFLは11日晩にJ2ライセンスを持つ長崎の優勝が決まったため、町田の降格は決定的になっている。しかし敗者とて全てが終わるわけでなく、歩みを続ける責任が残っている。サポーターへの挨拶では言葉に詰まったキャプテン勝又だが、「最後まで応援してくれた人たちのためにも、一から這い上がらなければいけない」と再起を誓う。サポーターも気丈に相手の歓喜を見守り、「ベルマーレ」コールで熱いエールを送っていた。
以上
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