柏は中央を固めた。F東京にとっては、白い壁を乗り越えた先に待つゴールネットは普段よりも少しばかり遠く思えた。柏のネルシーニョ監督は、隙を与えなかった選手たちを称えた。
「準備段階からF東京はパスサッカーのチームで、そのほとんどのゴールが中央から生まれていることが分かっていた。選手たちも中央からやらせないケアをしましたし、サイドチェンジの対応もゲームを通してしっかりと遂行したと私は見ています」
大谷秀和、栗澤僚一のダブルボランチを筆頭に、柏の選手たちは与えられたタスクを忠実に遂行した。この日、トップ下で起用された澤昌克は攻撃から守備へと素早く切り替え、F東京のセンターバックとボランチにプレッシャーを与え続けた。堅牢な守備と、前線での素早い切り替えは「みんなで勝ち取った勝利」(澤)と呼ぶに相応しかった。そして、それらを怠らなければ、レアンドロ・ドミンゲスと、ジョルジ・ワグネルという武器を備えている自分たちが勝さるという算段もついていたのだろう。
試合は、落ち着かない展開からスタートしたが、先にF東京が流れを引き寄せた。セカンドボールを拾い集めると、流れはF東京へと傾いた。しかし、F東京の選手たちが「最悪のタイミング」と口を揃える前半のアディショナルタイムに、この試合唯一のゴールが生まれた。FKからジョルジ・ワグネルが完璧なボールを近藤直也へと届ける。GK権田修一が近藤のシュートを阻んだが、ボールがこぼれた先にいた増嶋竜也がゴールへと叩き込んで柏が先制点を挙げた。この1点は重く響いた。
柏は後半、リードを奪われて攻め気の増したF東京からボールを奪うと、カウンターから何度もゴールへと迫った。互いに幾度か好機を作ったが決めきれず、このまま柏が1点差を守りきって勝利を挙げた。上り調子の柏は、6戦負けなしで7位に浮上。ネルシーニョ監督は、J1通算100勝目を達成した。
F東京ランコ・ポポヴィッチ監督は柏を「彼らは日本のチャンピオンであり、2009年の途中からほぼ同じメンバーで戦う経験のあるチームです」と言った。柏は自分たちの方法で勝点3を奪った。勝ち方があり、それを完遂した。F東京は、その柏を越えられなかった。アウェイユニフォームの白を着た選手が並ぶ壁の向こう側まで行けなかった。29分の長谷川アーリアジャスール、後半開始直後と62分の田邉草民、80分の渡邉千真。決定機と呼べる場面は何度かあった。ただ、その直前までボールを運んだ際に、適切な判断をしていればという場面もまだまだ散見した。この日、けがでピッチに立つことができなかった選手の中には、その術を持っている選手がいたかもしれない。判断を変えることができるか、もしくはボール保持者の判断を増やすことができる選手。もっと言えば、誰かがいれば、決めきることができたのかもしれない。
この日は、壁の向こう側へと行ける選手が足りなかった。でも、F東京が目指しているのは、その数を増やしていくことだ。誰かがいないといけないチームは、その選手がいなくなれば新たな選手を補充できるバジェットがない限り、そこで尽きてしまう。それは、あまりにも悲しい出来事だ。
ただし、この日4試合ぶりに先発出場した米本拓司と、高橋秀人のボランチコンビは違いを出した。セカンドボールを拾い、流れを引き寄せかけたのは2人の特性が生きたからだった。コンセプトやスタイルは同じ中でも、あるべき最善の姿はその都度細部の形を変える。主力選手に負傷者が出たことは、これまでのチームが獲得し得なかっただろう視野が開ける好機でもあることを彼らは示した。けが人が戻る場所を空けて待っておく必要なんてない。俺ならもっと面白いことができる。そう思っていた選手にとってはチャンスが転がっている。後はそれを拾い、壁を越えるだけだ。けが人続出のF東京は今、息を吸い込んでため息にするか、力を入れるかを試されている。
以上
2012.06.28 Reported by 馬場康平
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