「引き出しは、自分の頭の中です。メニューについては本を見たりネットで調べたりもしてなくてね。選手時代とか、ブラジルに留学した時に記録していたノートがあるんですけど、時々それを見直したり。ロッカーからグラウンドに来るまでの間に、どんなことをやろうか考えるんだけど…、だんだんネタがなくなってきました（笑）」
今シーズン、フィジカルコーチがいない熊本で、戦術練習に入る前のウォーミングアップを仕切っているのが森川拓巳コーチだ。現役引退後はいったん熊本のフロントに入り、強化担当として全国を回る日を送ったが、２０１０年から現場に復帰している。
「朝、練習場に来て、監督から『こういう練習やるから』っていうのを聞いて、『だったらどんなアップをしたらいいか』を考えるんです。戦術メニューに合わないアップになってもいけないし、前もって考えることはない」
先月まで、県民総合運動公園サッカー場で練習を行う際はＫＫウイングの更衣室を使用していたため、移動する間に考える時間があったが、先日ここでもお伝えした通り、クラブハウスとして利用できる『スポーツ交流館』が完成したことで移動時間も短縮。便利になったが、歩いてグラウンドに来る間にアップのメニューを考えていた森川コーチにとっては、ちょっと大変になるかもしれない。
ウォーミングアップのメニューを考えるにあたって意識しているのは、短時間で身体が温まり、眠っている神経系を起こすこと、加えて、「やっぱり選手はボールに触りたいから」（森川コーチ）と、できるだけボールタッチの回数を多く設けて飽きさせないようにすること、そして実戦に則した動きを入れること。そうした基準のもとに、自身も選手として「ステップでやってきた」という自負を持つからだろう、ラダーやミニハードル、マーカーコーンを使ったステップワークを多く採り入れている。
「特にストッパーの選手や身体が大きい選手にとっては、そうしたコーディネーションを高めることで、いざという時の足の踏み替えや、一歩が出るようになるんです。例えばヒロ（廣井友信）なんかもそうで、本人に直接は言わなかったんですけどね、『森さん、これ、俺のこと考えてないですか？』ってこの間言われました（笑）」
当の廣井選手本人も、わずかではあるがその効果を感じている。「ゲームでの手応えはまだわからないけど、身体は動くので問題ないと思います。モリさん（森川コーチ）は現役の時からステップの大事さを感じてきたから、それを僕らにフィードバックしてくれているんだと思う。もっとうまい運びができるようになればうまく守れるようになるだろうし、身体も温まるから一石二鳥です」と話す。
特に決まったメニューを設けてローテーションしているわけでもなく、「その時々の発想や思いつきを生かして準備している」（森川コーチ）ため、選手たちがグラウンドに表れる前の様子を見ていると、思考を巡らせながらラダーやコーンを並べている姿が目に入る。セットし終えては自分で試し、幅や間隔、角度などを調整してはやり直す。そして実際にアップが始まると選手たちを前にデモを見せるのだが、そのスムーズな足の運びやスピードは確かに、森川コーチが群を抜いているのだ。
「基本的なステップは皆できるけど、それをいくつか組み合わせると、もっとスムーズになると思っています」と森川コーチは言う。
廣井選手が話したように、その効果はすぐに表れるものではないだろう。それでも、試合で訪れるほんの一瞬に生かされ、それが決定的なピンチを防ぐ要因となって勝点を得る結果につながるのであれば、それだけの価値はある。

以上

・【J2日記】熊本：ＯＢたちの現在。その弐〜上村健一コーチの場合
・【J2日記】熊本：ＯＢたちの現在。その壱〜熊谷雅彦さんの場合

2012.04.03 Reported by 井芹貴志