ユニフォームをしまい、ネクタイを締めてクラブハウスに通う日常は、元日から始まった。強化部強化担当――現在の肩書である。
もっとも、じつのところ練習着姿を目にすることのほうが多い。トップのトレーニングの際、ピッチに加わりクロスを蹴っていることがある。ボールトレーニングでは「雄三、そこ2タッチと違う」とコーチから突っ込まれたりもしている。サッカースクールで子どもたちとボールを追いかける姿を見かけたこともある。練習試合に合わせて開催されたフードパークでは、腕まくりしてコーンスープを販売した。そしていざ試合が始まると、土手の上でビデオを回している。目にしていないだけで、ほかにも事務作業や講演活動、当然スカウト業務があるわけだから、仕事は文字通りピッチの内外を問わない。
「へたなプライドを持たずに何でもやろうと思ってますよ。何でも吸収しようと思ってる。選手上がりはダメだと言われたくないですからね。ぼくがスタッフとして役に立たなかったら、あとが続かなくなる。だから責任を感じてます」
何でも屋さんですよと楽しげに笑いながら、初めて選手からフロント入りした立場としての自覚をさらりと言う。深刻に着飾らないだけ、むしろ抱えているものの質量は伝わりやすい。そして、ああ、このひとはピッチでも人知れず歯を食いしばるタイプだったよなと、妙に得心がいく。才ある選手を活かすべく、自らは黒子でいいと縁の下の役回りを買って出た。「雄三は選手の頃と同じようにハードワークする。よく気が付くよ」そう語ったのは、反町康治監督だった。
ホームで迎えた今季の開幕戦の勝利は、ほんとうにうれしかったようだ。いままでよりもずっと早くに競技場に着いた。もちろんメンバー表に自分の名前はない。それでも、「いまさら寂しいとか悔しいとかいう気持ちはなかったですよ。そんなことより、勝ってくれ、一生懸命戦ってくれって思いました」。一生懸命というフレーズがまた、らしい。
現在、湘南の選手たちはホームゲーム終了後、選手を見送るファンやサポーターの求めに応じてつねにサインを書くようにしている。勝ったときは明るく応じることができても、負けたときは難しいのが人情というものだろう。だが、そこに得難い意味を見出している。
「負けてバスに引きこもるのは簡単なこと。でも大事なのは、自分がうまくいかなかったときに何ができるか。そういうときにこそ人間性が出る。もちろん負けたときの選手の気持ちはすごくよく分かります。でも小さい人間になってほしくないし、気持ちがひと回り大きくなればどこに行っても通用する。幸い、いまのチームは明るい。ちょっとの勇気の積み重ねが、この先いろんなことに活きてくると思います」
今後増えていくであろう自身のスカウト活動についても、「ひとりの選手に夢を与えられるかもしれない」と目を輝かす。
「上手い選手はたくさんいるし、黙っていても目立つけど、ぼくはサッカーに対する気持ちや人間性を見ます。どんなに上手くても態度が悪ければ大成しないし、逆に、上手くなくても人の話をニュートラルに聞き入れることのできるタイプなら、それは強みかもしれない。周りの声を受け入れられなければ伸びないし、自分自身を知っている選手は伸びる。プロになってから活躍してくれるような選手を発掘しなければいけない。楽しみですね」
「自分がたいした人間じゃないのに人間性を見極めるのは難しいけど」照れ笑いが交じる。思えば現役の頃、語っていた。「こんなにヘタクソでも頑張ればプロになれるよって、子どもたちに伝えたい」。立場は変わっても、思いは変わらない。
フロントに入った自分の意味を、あらためて問う。
「組織のなかに入るのだから、壊すのではなく、ルールに従っていかないといけない。でも新しい血も大事だと思う。ルールにあまり捉われ過ぎず、自分のスタイルで言うべきことは言っていきます。ほかのひとが言いづらいようなことも率先して言う、それが俺の意味だと思う。選手とスタッフの両方の立場の気持ちが理解できるから、甘くないのは分かってるけど、うまく回るようにしたい。いま色んな仕事をしてるけど、クラブのために、選手が試合に勝つために何をすべきか、という部分がブレなければいいと思ってます」
「安易に出て行かずにウェイトして外に追いやる。雄三はこれができたから、うちがカウンターを食らう場面も少なかったんだ。待つのか行くのか、状況判断がよかったな」ふたたび反町監督の言葉を思い出す。
映像を見ながらセッションする機会は現役時代より多いかもしれないと笑う。スタッフルームはそれだけ魅力的なんだと熱い。今後は分析もやりたいと密かに思い描いている。さらに野望はあるとほのめかす。そして言う。純粋にサッカーが好きなんですよ――
「練習初日はすごく寂しかった。でも受け入れなければいけないし、道は自分でつくっていかなければいけない。俺が入った意味を思いながら、みんなが一枚岩になれるようにしていきたい。選手のときにやってもらっていたことをいま自分がやるのは苦じゃないです。やっぱり俺は、“縁の下”なんですよね」
以上
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2011.05.20 Reported by 隈元大吾
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