２０１０Ｊ２リーグ最終節、89分。清水康也選手が、ヴェルディの選手として初めてピッチに立ちました。
東京Ｖの下部組織で育った彼ですが、ユースからのトップ昇格は果たせず、大学へ進学。その後、仙台でプロ生活をスタートさせました。07年から昨年までは鳥栖に所属していましたが、大きなケガを負ってしまいます。
今季、そのケガが完治しないまま東京Ｖへとやってきた彼は、“トップ選手登録しているクラブスタッフ”という立場で、サッカースクールのコーチとトップ選手を兼務してきました。つまり、『サラリーマン選手』ということです。

開幕前、清水選手に今季の目標をうかがった時に、「まずはケガを治すことが全てです。１００％の力でプレーできるようになることが目標」とおっしゃっていたことを思い返すと、ピッチに戻った瞬間の感動が伝わってくる気がします。まして、自分が幼少の日々を過ごし、憧れを抱いていた東京Ｖのトップ選手としての出場です。感無量の思いだったに違いありません。

でも実は、この清水選手出場の意義は、決してご本人の復帰戦だけには止まらないのです。
それを実感したのは、９月23日のアウェイ徳島戦に彼が初めてベンチ入りメンバーとして帯同した時でした。まず、前日の移動のためにバスに乗り込む際、多くのクラブ職員が「よかったな！」と、自分のことのように喜び、「頑張れよ!!」と、エールを送りました。
また、当時出場停止中だったため、今までなかなかゆっくり話せなかったベンチ外メンバーと連日過ごし、距離を縮めていた河野広貴選手も、「ずっと頑張っている選手がチャンスをもらえて、本当にうれしい」と、心から喜んでいたのです。あの時期は、天皇杯で敗れ、リーグ戦でも２戦勝利なしが続くなど、好調だったチームの勢いが若干下がり気味になっていたのですが、清水選手のベンチ入りは、チームにとっても非常に明るいニュースになっていたのです。

結局、徳島戦で彼の出場はありませんでした。しかし、初メンバー入りの影響は、まだ続きました。試合翌日の夕方、クラブハウスに訪れた１人の男性が、受付でうれしそうに話しているのです。
「昨日の試合、いつもスクール教えてもらっている清水コーチがテレビに映ってるのを見て、息子と大興奮してたんですよ!!　どうしても出てほしかったよな〜」
たまたまその場にいた筆者は、その会話を聞き、改めてサッカー選手がどれだけ多くの子どもに夢を与えているのかを知りました。まして、清水選手は、少年たちにとっては日頃触れ合っている、身近で憧れの存在です。その彼が大舞台に立つことが、子どもたちが抱く勇気や希望にどんな好影響を与えることでしょうか。価値の大きさは、測り知れないと思います。

その機会が、最後の最後、ついに訪れたのです。
「昨日、ベンチ入りが決まったことをスクールで子どもたちに話したら、すごく喜んでくれて、『頑張って！』と言ってくれました。僕も、子どもたちに力をたくさんもらいました。
僕は、いつも子どもたちに話すんです。『キツくても、やらなきゃうまくはなれない。頑張っていれば、必ず自分の力になる。僕みたいに小さかったり、能力が高くなくても、努力すれば必ずチャンスがもらえる』って。だから、そう言い続けている僕が、自分自身でそれを子どもたちに示せたことは、本当に価値があるんです。出られたのはたった５分でも、僕にとっては大きな５分。必ず次につながります」

残り１分＋アディショナルタイムでも、『大きな５分』は、その価値を知る川勝良一監督から、弛まぬ努力を続けてきた清水選手へのプレゼントではなかったのでしょうか。川勝監督の深い愛情を感じたのは、筆者だけではないと思います。

力のある、真っ直ぐな目に薄く涙を浮かべて清水選手は話しました。
「今年はケガもあって、ドクターやリハビリの人など、本当に多くの人に助けられ、ヴェルディでも多くの人と出会いました。ピッチに立った瞬間は、その人たちへの『ありがとう』しか、頭に浮かんできませんでした」
その、『ありがとう』の数よりもはるかに多くの人が、清水選手が東京Ｖの選手としてピッチに立った５分間を忘れないでしょう。

以上


2010.12.05 Reported by 上岡真里江